「ハタ織りの管に糸を通すのにねえ、手じゃなくて口で、ちょいっと吸い込むんだよ。で、ハタ場に来てるタカちゃんていう工女にヘルペスうつされてさあ。」 ハタ織りに関しては、子供の頃に読んだ『鶴の恩返し』くらいしか知識が無い栞には、管やら吸い込むやらは全くちんぷんかんぷんである。祖母はタカちゃんがヘルペスであることを事前に知っていて、うつったらヤダな、と思ったのだと言う。それなら何故、感染するかもしれない行動をしたのだろう。タカちゃんではないが、祖母は働きに来る別の工女さんの一人のことが嫌いだったようで、 「織物はできても縫い物は全くできないんだよ。あんなのは女のクズだ。」 という暴言をはいていた。他にも、けっこう上からの目線で雇用者側に立って被雇用者を軽んじるような言い方で、祖母は昔の話をする。もっとナニサマな発言もあって、自分が嫁に来てからこの家は裕福になったんだとか、自分は福を呼ぶ体質なんだとまで言う。すごい自意識過剰だと呆れつつ、わりと面白がって話を聞いていたのは、自分の家の歴史という当事者意識が栞には希薄で、テレビドラマかマンガの筋書きでも聞いているかのような感覚だったからだ。
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