母は評判がいいかどうかではなく、駐車場が広くて車を停めやすいというだけで、新しくできたばかりの開業医に娘を連れて行ったのだから。理由の如何を問わず、結婚前の娘が産婦人科を受診することは恥ずかしいこと、世間様に顔向けができないことであるという偏見の持ち主であった母は、自分のかかりつけの婦人科に高校一年生の娘を連れて行くのが嫌だったらしい。夏休みの直前だったと憶えている。生理不順の上に生理痛が日常生活に支障をきたすほど重篤だった栞は、母に連れられて行った真新しい医院で、生まれて初めて婦人科の診察台に乗った。想像だにしえないほど屈辱的な格好をさせられることにショックを受け、貧血を起こしかけている栞に、医師はロボットのように冷たい口調で、 「処女じゃないよね。」 と言ったのである。婦人科の医師というのは、いわば女性器に関するプロなのだから処女か非処女かは見ただけでわかるのだろうと思っていた栞は、衝撃に目の前が真っ暗になった。自分は処女なのに、自分のその部分は医師の目に処女ではないと映った、そのことが栞をうちのめし、より一段と生理が不順になって、生理痛も鎮痛剤無しにはいられないほどひどくなった。しかし栞はそのことを二度と母には言わなかったし、医療機関を受診することもしなかった。ブラックコーヒーをガブ飲みし、鎮痛剤をまるで菓子のように貪っていた栞を、母は今も知らない。 そのような経験からコンプレックスの塊になってしまって、性に関して好奇心は人一倍なのに極端に臆病になっていた栞の目に、男女交際をのびのびと無邪気に謳歌する祖母の姿は、冗談でも皮肉でもなく羨ましいくらいに明るくて自然体だった。あんまり自然すぎたから、肉体関係を卒業した、性抜きの茶飲み友達だからあんなに明るくほがらかにつきあえるのだろうと思っていたくらいだった。だから、母が祖母をエロババアだとかイロキチガイだとか言う意味も理由も、その頃にはまだまだわかっていなかった。色が白くて肌理が細かいことを自慢している祖母の裸体は、年齢相応にしわくちゃでタルタルでも、小柄で華奢で可愛らしかったから、電話帳を積み重ねたようなグロテスクな三段腹をもて余している母は、祖母のようにキレイで可愛いおばあちゃんにはなれないだろうと自身のことを悲観し、羨望のあまり祖母を罵倒しているのだろうと、そんなふうに勘違いしていた。
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