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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第59回   59
青春といえば、本当の青春の頃、祖母はどんな恋愛をしていたのだろう。興味津々で問うてみると、祖母はなんだか恥ずかしそうな嬉しそうな顔になって、それこそ『乙女のよう』に目をキラキラさせながら話してくれた。
「十六か七の頃にねえ、百人一首がものすごく強い男の人がいてねえ、『東京へ行ったら、ついて来るか?』なんて言うから、ほっくりぽこん、ってしたんだよ。なんっにも言わないで、ほっくりぽこん、ってねえ…。」
それは頷いた、という意味らしい。祖母の頬にほんのりと赤みがさして、しわくちゃの顔が艶めいて、口調も桃色に蕩けてくる。
「でも背がちいっちゃくってさあ…。二つ歳上なんだけど、背がねえ…。おじいちゃんとの縁談があった時も、背がちいっちゃいんじゃあ嫌だって言ったんだけど、ものすごーく頭がいいから我慢しろ、って言われたんだよ。」
父や伯父達が聞いたら機嫌を損ねるゾ…と、栞は笑いをこらえながら思う。栞が知る祖母のボーイフレンド諸氏では、八百松はヒグマ体型で大きく、岡田さんは年齢のわりに均整がとれて上背もあったように思う。初恋の人や結婚相手が背の低い人だったから、ボーイフレンドには背が大きい人を選んだのかな…と、栞はまた、下衆の勘繰りをする。
「初恋の人とは、キスくらいはした?」
「まさか。キスもしないし、手を握ったこともないよ。夜にねえ、小学校の庭で映画を見せてくれるのがあって、一緒に行ったんだけど、三十分か四十分くらい歩いて行くのに、肩に手をかけてきたのをはきのけるくらい、ウブだったんだよ。」
「へえー、かっわいい。」
そういうことは憶えているのに、どんな映画を見たのかは全然憶えていない。映画の内容よりも、夜、初恋の人と歩いて映画を見に行った、というそのこと自体が祖母にとっては大切な想い出なのであって、ストーリーに感銘を受けるとか女優に憧れるとかいうことは全くない。映画よりも自分の人生の一頁一頁をドラマティックに大切に思える、そういう性分なのだろうと思う。


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