店の一番奥、ショーケースの裏側に調理場と呼んでいた業務用の厨房があって、英俊は熊谷市の市場で仕入れてきたマグロやカツオの大きな塊を、この場所で切ってサクにしたり盛り合わせにしてショーケースに陳列するのだが、この調理場というスペースは、ピーコを含めた近所の飼い猫野良猫すべてにとって、子供にとってのお菓子の家のごとき存在だったと言って、過言ではなかった。必然的に、父母は出入口の開閉にはことのほか神経質で、うっかり開けっ放しにでもしようものなら拳骨と怒声が飛んでくる。『バカの三寸、ノロマの開けっ放し!!』と、何度怒鳴られたことだろう。 ピーコは近隣の猫たちを牽制するという意味では番犬のように優秀な存在だったが、それはあくまで自分がマグロやカツオなどの宝の山にありつきたいからであって、人間のために商品を守っているわけではあるはずがない。だから当然、人間サイドにスキがあればマグロやカツオにかぶりつく。自分の体よりもでっかい塊を引きずって逃げようとしたピーコの姿と、それを見つけた瞬間の父の顔は、今、思い出しても漫画の一コマのように笑える。人間の都合と猫の利益は当然、一致しないが、近所の猫たちに睨みを効かせるその存在感はたいしたもので、猫の世界ではメスがボスなのだと、栞は大人になるまで信じていたくらいだった。同時に、なんでピーコはネズミを捕らないのか、食べないのかと不思議に思っていたけれど、マグロやカツオを常食としていれば、ネズミなど見向きもしなくても当たり前かもしれない。祖母がモツを知らなかったように、ピーコはネズミを知らなかったのかもしれない。
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