結婚して、利一さんから受けた影響とか、結婚前には嫌いだったのに好きになった食べ物とかって、ある?と栞がきいてみたのは、栞自身が子供の頃には好き嫌いが多かったのに、大人になってからとか、好きになった男の人の好みに合わせて、嫌いだった食べ物が食べられるようになったりしたからだ。すると英俊が、 「そう言えば母ちゃんは、玉川に来るまでモツを見たことがなかったって言ってたなあ。」 と言った。それは存在を知識として知っていたけれど食べたことがなかった、という意味ではなく、存在自体を知らなかったのだと言う。 「えーっ、あんな美味しいものを知らなかったなんて、人生ちょー損してるじゃん。」 「だって的場んちじゃあ、刺身を当たり前に食べてたんだよ。モツなんて見たことも聞いたこともなかったんだよ。」 今のようにトラックでサッと運ばれてきてスーパーの店頭にいくらでもならんでいる状況ではないのだ。大正時代に海無し県の埼玉で刺身を食べていた家庭というのは、確かにほんのちょっとだけ裕福であったのかもしれない。 同時に栞はピーコのことを思い出した。栞が生まれる前から家にいて、平成のはじめ頃まで二十年も生きていたメスの三毛猫である。なんでおばあちゃんは猫に鳥みたいな名前をつけたんだ、と恭明が文句を言っていたのを憶えている。これが、埼玉の片田舎で毎日のようにマグロやカツオをかっ喰らっていたトンデモナイ猫なのだ。
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