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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第54回   54
しかし祖父は結婚して十一年で出征し、半年後には戦死してしまった。子供の数と夫婦愛が正比例するとは限らないけれど、そうであってほしいと、栞は思う。残念ながらそれを裏付ける証言は取れなくて、根掘り葉掘り聞けば聞くほど、妻よりも妹を可愛がるシスコン野郎の印象が強くなる。召集令状(赤紙)が来た時、祖母ではなくてサチさんに神社の橋の上で見せたのだとユミさんは言うし、祖父が出征した八日後に祖父の母親のハマさんが亡くなって、そのことを家から祖父へはどうやって知らせたのかわからないけれど、祖父が汽車の中でしたためた最後のハガキは、宛名が祖母ではなくてやっぱりサチさんだった。祖母はハガキの存在も神社の橋の上で見せた件も知らないまま、今に至っているようだ。もちろん、もしかしたら歳をとって忘れてしまったのであって昔は知っていたのかもしれないし、そんなことよりももっと大事な、けれど見えない形で、夫婦の愛や絆はあったのだと思いたいけれど、三十年間も他人の亭主と情交を続け、複数の男と肌を重ね、嫁からエロババアと罵られてもどこ吹く風で、一番好きだったのは夫ですと堂々と惚気ける祖母が死んで向こうへ行った時、祖父はどんな顔で迎えるのだろう。祖母の男性遍歴に文句を言ったりしたら、あたしが許さないからね、と、栞は祖父のとりすました顔の遺影を睨み付ける。
「新婚旅行以外に、なんか思い出ある?」
祖父が祖母をきちんと愛していた確証が欲しくて、栞は根問いする。しかし祖母は夢を思いだそうとしているかのように駘蕩とした顔で、栞の焦慮なんか眼中に無い。
「嫁に来て最初のうちはねえ、まだ慣れてないし、特に文句も言われなかったけどねえ…。」
しばらくしてからのことだ。饂飩のつゆを作ったら味がうすいので、大造さんに『馬のションベンみてえだ。』と言われたのだと、祖母は笑いながら言う。栞は大造さんではなくて利一さんのことを聞きたいのだけれど、仕方がないので話を合わせる。
「大造さんて、馬のションベン飲んだことあるの!?」
もちろん、そんなものを飲んだことなんてあるはず無いとわかっているけれど、祖母の天然なボケ話にイライラして、栞はそういうことを言ってしまう。言ってから後悔する。
「まさか。ものの喩えだよ。」
「わかってるけどさあ。馬のションベン飲んだことあるんですかって、言ってやればいいじゃん。」
「そんなこと言ったら、ぶん殴られちゃうよ。」
素朴な疑問だが、姑のハマさんはなにも教えてくれなかったのだろうか。饂飩のつゆの作り方くらい、教えてくれてもいいのにと、栞は思う。


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