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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第51回   51
中学生や高校生の頃、歴史の授業の中でも近代が特に苦手だった栞は、明治時代については西洋の文化がどんどん入ってきて急速に世の中が変化した時代という認識を一応は持っているけれど、それはあくまで東京や横浜などのことであって、田舎ではそんな急激な変化は無かっただろうと思う。それなのに英俊は、大造さんは競輪の選手だったんだ、なんて言うから、耳を疑った。競輪だの競馬だのに一切興味が無く、したがって知識も無い身としては、スポーツというより賭け事という認識しか無いし、スポーツであれ賭け事であれ、明治時代にそれがプロとして成立していたなんて、到底、信じられない。Wikipediaで調べてみると、プロの競輪ができたのは戦後、自転車競技法が成立してからで、明治時代のものは厳密にはプロではない。そう言うと英俊は、少年のようにくちびるを尖らせて言いつのる。
「だって黒いぴちっとしたの穿いて自転車に跨がったカッコイイ写真、あるんだぜ。あれは絶対、プロだよ。」
娘を相手になにムキになって言い張ってるのかと思うけれど、こういう稚気がましさはそれこそ大造さんに似たのだろう。なんで男というのはオッサンになってもガキっぽいのだろう。あんまりカワイイので、明治時代の競輪は新聞社が主催し、自転車業界が育てたノンプロの選手が宣伝のために走っていたロードレースだ、というWikipedia情報は言わないでおく。ともあれ、競輪をやっていたからパンクの修理ができる祖母を気に入って、息子の嫁にという話を承諾したのではないかという父の推測は、大筋で当たっているだろう。自分の父親について語るべき具体的な思い出が全く無い英俊は、ハイカラだった祖父の自慢をしたり家のルーツを語ることで、父親(栞にとっては祖父)の虚像を偶像化しようとしているように見える。自分が子供を生んでみて、栞は女性が血と肉で実感できるものを理論や理屈でしか自身に納得させる術が無い男性の悲哀を理解できるようになった気がする。大造さんの生家の番匠の家はすごい名家なんだとか自慢されても全然理解できなかったし、興味も無かったけれど、知っておいて損は無いかな、という程度には、なったかもしれない。


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