商売を軌道に乗せた幸吉さんは、明治三十年六月、入間郡坂戸町の綿貫竜次郎・ミネ夫妻の四女シズさんを妻に迎えた。二人の仲は睦まじく、商売も順調であったが、子宝には恵まれなかった。それで、比企郡七郷村(現・嵐山町)の関口宏太郎・ナミ夫妻の三女ハマさんを養女にもらったのだと英俊は言うが、古い戸籍を見るとシズさんと入籍するより七年も前にハマさんが養女に入っている。なんだかよくわからないが、このハマさんという人が栞の曾祖母で、曾祖父の大造さんは明治四十三年に婿入りしたわけだ。父に輪をかけて稚気満々でイッコクでわがままでガキ大将みたいな大造さんは、ハマさんと結婚するにあたり、戸田ハマという名前にいきなり文句をつけたらしい。田圃に浜があってたまるかとかなんとか屁理屈を言って、ハマさんの名前を勝手にタミさんに変えてしまったのだそうだ。精神年齢が小2くらいで止まっちゃってたんじゃないの、と栞が言うと、でも死別するまでタミって呼んでたから、やっぱりすごいイッコクだったんだよ、と父は言う。父が一歳になる直前にハマさんは亡くなったから、父の話は祖母の受け売りである。祖父の一番下の妹で、ハマさんが亡くなった時に十二歳だったユミさんに後から聞いた話では、亡くなる時はきちんと本名で呼んでいたそうだ。
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