そういう意味では、栞は兄よりも現実的だと自分のことを思っている。女同士ということもあり、恭明よりもはるかに後まで祖母と一緒に風呂に入る機会があったし、思春期の身体の変化に関する不安など、母には言いにくい相談も祖母になら言えた。初めてのボーイフレンドができて半年くらい経った頃だったろうか、祖母にとんでもない相談をしたのを、今でも憶えている。自分の性器の形が普通と違うのではないだろうか、大好きなあの人に変だって言われたらどうしよう、という異常な不安に苛まれて処女喪失に踏み切る決心がつかなかった時、祖母に性器を見てもらったのだ。母にも友達にも言えないそんな悩みの相談相手として、祖母がいてくれたことを心の底から感謝した。世間で普通に言われる家族愛とか三世代同居の利点や長所とは少しズレていたかもしれないけれど、家の中に性愛の酸いも甘いもかみわけた生き字引がいるというのは、ケータイで顔も名前も定かでない相手に裸の画像を送信してしまう今時の少女達よりも、安全で良質な性情報に恵まれた環境にあったと言っていいだろう。 祖母は驚きも怒りもせず、幼い頃に転んで擦りむいた膝の傷を看てくれた時のように平然と観て、色も形も全く普通だよ、別になにも変じゃないよ、と言ってくれた。それは神様の言葉のように、栞の心に平穏と安寧をもたらしてくれた。今になって冷静に考えてみれば、祖母は婦人科の医師でも看護師でもないのだから、その御墨付きは単なる個人の見解であって、医学的根拠に基づくものではない。そもそも平凡な日常生活の中では女性は、自分のであれ他人のであれ女性器をじっくり見る機会などはまずありえないだろうから、祖母の言う普通がどのような女性器を基準にしたのかも、全くわからない。けれど自分のことを 「こんなに若々しくてキレイなおばあちゃんは滅多にいないでしょ。」 と自信たっぷりに言いきる祖母の言葉には妙な説得力があって、その鑑定は野菜や果物を品定めするように日常的でいながら、孫娘への愛情と思いやりに溢れていた。尊大で横柄な婦人科の医師に屈辱的な診察をされた挙げ句、無神経で事務的な所見を告げられる医療機関よりも、よほど暖かくて信頼できた。もちろん、そんなひどい医師ばかりではないと今では知っているけれど、その頃には医療機関を選ぶ情報も権限も母にあったから、性器の形が異常なのではないかという残酷な悩みを植え付けてしまうようなヤブ医者を受診してしまったのも不可抗力だった。
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