『明治の男』というのは、祖母や父くらいの世代までは、ありとあらゆる男の無茶苦茶行為の免罪符として使われる表現のように思う。明治の男だからイッコクだった、明治の男だから妻や子供を殴ったり卓袱台をひっくり返して我を通したり…。家族の中で自分だけが特権階級で、横暴でワガママで尊大で無神経でハタ迷惑な、政治家とか高級官僚みたいな男が、明治から昭和初期くらいには家の中にまで存在していたらしい。女性を大切にしない男なんて生きてる価値が無いと思っている栞は、勝四郎さんと大造さん、二人の会ったことの無い曾祖父二人に対して、どうしてもいいイメージがもてない。 「でもおもしろい人だったぞお〜、新しモン好きでなあ…。」 異父弟がまだ生まれていない頃は末っ子だったので、英俊は大造さんには非常識なくらいに猫っ可愛がりされたらしい。兄や姉たちに見つからないように、夜、布団の中でこっそりと、チョコレートやキャンディーを口の中に入れてくれたのだと言う。戦後すぐの物の無い時代にどこからそういう貴重品を手に入れたのかとも思うし、愛情をはき違えた虐待なのではないかと呆れてしまう。実際、それが原因で英俊の虫歯は歯科医が匙を投げるくらいに酷いものだったらしい。しかしそれでも、父親代わりに可愛がってくれた祖父の思い出は、父の中ではチョコレートやキャンディー以上に甘い、貴重なものなのだろう。 「ドラム缶を櫓の上に上げて自然落下の水道を作ったりな、電気で風呂を沸かしたり、せっせといろんなモンこしらえてたからな。」 「なにそれ、感電死ブロ?」 「そうじゃないよ、ニクロム線をぐるぐる巻いてだな…。」 「ドクター中松みたいなジーサンだったわけだ。」 「うーん、ちょっと違うけどなあ…。」 この大造さんの先代の幸吉さんという人が、戸田商店の創業者である。祖母や父が『元ンち』と呼ぶ家の次男だか三男だかで、その弟は農協の先の和菓子屋の創業者、更にその弟は栞の同級生のご先祖である。『元ンち』は明治の初め頃に二回も三回も火事になったことがあって、『もう元通りの家を復元しなくても、とりあえず掘っ立て小屋でいいや。』と建てた家が、『裃を取らないで入れる広さのトイレがある家』だったという。どれだけ広いトイレだか、どれだけ豪勢な掘っ立て小屋だったか、想像がつくだろう、と父は言うが、裃が肩からどれくらい突き出ているのかわからないし、掘っ立て小屋という言葉の使い方が根本的に間違っていると、栞は思う。
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