祖母に縁談を持ち込んできたのは、勝四郎さんの同業者さんだったという。その人の奥さんが、玉川の戸田の家のお隣さんからお嫁に来た人だったんだよ、と祖母は言う。昭和八年二月二十七日、十九才になったばかりの祖母は、比企郡玉川村で酒屋を営む戸田大造の長男で二十四歳の利一と祝言を挙げた。古い戸籍では、入籍は六月二十一日となっている。記憶と記録との間に四ヶ月もズレがあるのは何故なのかと栞が問うと、役所の仕事がいい加減なんだと祖母は答える。祖母に言わせると、自分はすべて正しくて、周りの人間は間違ってばかりなのだそうだ。勝四郎さんは祖母の誕生日を間違えて、本当の誕生日は二月二日なのに二十五日にしてしまったし、薫子と命名したのに薫の一文字だけで届け出てしまったという。さすがにそれは、何か事情があったのではなかろうかと栞は思うけれど、祖母は勝四郎さんもしくは役所の人が間違えたのだと固く信じている。 ずうっと後になって祖母から店を任された時、父はしばらくの間は、店の名義を祖母のままにしていて、商工会の集まりなどでは周囲の人達に『薫クン』と呼ばれていたという。薫の一文字だけの名前だったら男か女かわからないし、名義変更なんて面倒くさかったと父は言う。もっとも祖母は、名義上の店主は自分だと、今でも思っているらしい。 勝四郎さんのハデ好きを反映して、祖母の輿入れは田舎の人の目にはだいぶハデで、花嫁衣装も艶やかなものであったらしい。日本髪を鬘じゃなくて自分の髪で結った、腰までくらい長かったし量もあったと聞いて、栞は羨望のため息をついた。 「いいなあー…。」 髪に関する限り、祖母からの遺伝はゼロだと、栞は思う。父も母も細くて柔らかい猫っ毛で、栞はそれに加えて天然パーマなのにアレルギー体質でストレートパーマもカラーリングもできない絶望的な髪なのだ。栞は女の幸運の半分くらいは髪に左右されるのではないかと思っている。髪を理由に子供の頃に受けたイジメは今でも心に傷を残していて、髪で人生の半分以上を不利にされていると思うほどコンプレックスの塊だ。自前の髪で日本髪が結えるような豊かなロングヘアなんて、栞には目の眩むような憧れの存在だ。
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