「あたし、大正とかに生まれなくてよかったあ。そんな子生みマシーン兼家事ロボットみたいな生活、絶対耐えらんない。」 栞が言うと、祖母は聞こえなかったフリをして、湯呑みを片付けたりする。そういう時代だったんだね、という感想よりも、祖母の人生を否定したかのように受け取ってしまったらしい。栞は少し反省して、批判的感想よりも質問に重点を置くよう、努力する。 「うちってさあ、戦前から電話があったって、本当?」 電話なんて、『となりのトトロ』の時代ですら、本家にしか無いのに、戦前からあったというのはちょっと信じられない。 「そりゃあ商売やってる家だもの、当たり前さあ。」 ナツさんが営んでいたお店には冷蔵庫もあったし、現金を整理して出し入れするレジの原型のようなものもあったという。現金出納機(すいとうきではなくしゅつのうきと、祖母の生家では言っていたそうだ。)と呼んでいたそれは、ある時、泥棒が入って、中の現金は全部持ち去られ、本体は庭に棄ててあったそうだ。 祖母が生まれ育った場所は、埼玉県入間郡霞ヶ関村という。昭和三十年に周辺の九つの村と共に川越市に合併したが、官庁街じゃないのになんで霞ヶ関!?と、恭明は冗談めかして祖母に言っていた。私鉄の東武東上線に霞ヶ関という駅があるけれど、これは昭和五年一月に改称された駅名で、大正五年十月に東上鉄道の川越〜坂戸間が開通した時は、的場駅という駅名で開業していた。祖母は今でも実家のことを『的場ンち』という言い方をする。霞ヶ関駅に程近い国鉄(現JR)川越線の駅の名前が的場駅だが、祖母の昔話の中では霞ヶ関駅を的場駅と言っていたりするので、聞いている側は時々、混乱する。
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