本当にそうだろうか。祖母だけがそういうことに無頓着、無関心すぎるのであって、世間の一般的な感覚はもっと下世話、もっと出歯亀的で、もっと狭量だと、栞は思う。現代と違って、浮気は男の甲斐性なんていう野卑な概念が幅をきかせていた背景があったにしても、女は皆、男の浮気を快くは思わないはずだ。『蜻蛉日記』やそのもっと昔、磐之媛の時代から、男が他の女に愛を移してしまうことに悩み、嫉妬に苦しむ女は、枚挙に暇が無い。男の浮気をなんとも思わない女は、既に愛が冷めたか、或いは最初から愛を知らず一生知ることも無い女か、二つに一つだと思う。 祖母は父親の勝四郎さんに関しては比較的いろいろとしゃべるけれど、母親のナツさんに関してはあまりしゃべらない。英俊はナツさんについては、ものすごい汗っかきで冬でも手拭いでひっきりなしに汗を拭いていた姿が印象に残っていると言う。恭明も朧げに記憶があると言う。平屋の小さな家の南側が縁側になっていて、西へつきあたった位置にゆったりとした籐製の椅子があって、そこに、まるで置いてあるかのようにひっそりと、しわくちゃの小さなおばあさんが座っていたと言うのだ。動けなくなる直前まで、異常と言っていいほどの綺麗好きが衰えることはなく、亀のように床に這いつくばって髪の毛とかゴミを指で摘まんで集め、なめたように綺麗にしていたそうだ。 「そういう晩年じゃなくてえ、若い頃はどんな人だったの?」
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