栞が自動車の運転免許を取ったばかりの頃、祖母はよく、栞に送迎を頼んだ。最寄りのではなくて駅にして二つほどの距離にある、大規模なほうの入浴施設に行きたがるのは、そちらには家族風呂という名前の貸し切りの個室風呂があるからで、祖母はボーイフレンドの真田さんと二人で、栞に送迎させてそこに行くのをなによりの楽しみにしていた。学生時代には祖母に小遣い銭をねだることに熱心だった長兄の恭明が、新車のローンが苦しいにも関わらず、ガソリン代には多すぎる手間賃をはずむ祖母の送迎依頼をガンとして拒むのは、その金の出どころである真田さんの、札ビラで人の顔を叩くような物言いに反発していたからだ。兄の目には真田さんは、金で祖母を好き放題にしている許し難い存在と映っていたらしい。大切な新車に真田さんの加齢臭が染み着いたら女のコを乗せられなくなるとか、もっともらしいことを言っていたけれど、祖母にボーイフレンドがいるそのこと自体が、恭明は気に入らないのだ。世の中の一般的な父親達が娘の彼氏を気に入らなかったり、母子家庭の思春期の少年が母親の再婚相手に反発したりするのと同じように。 母の絵美子が恭明を出産して半年後にもう次兄の尚幸を妊り、出産後はその世話にバタバタしていたということもあって、一歳三ヶ月の頃から祖母に抱き寝をしてもらっていた恭明は、典型的な『おばあちゃん子』だ。自分の大好きなおばあちゃんが、加齢臭と煙草のニオイの混ざった汚いクソジジイ達と抱き合ったり一緒に風呂に入ったりしているという事実を、恭明はどうしても受け入れることができなかった。
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