男関係だけではない。 祖母の無神経さは、家事や育児の面でも際限無く母を苛立たせて来た。初めての妊娠で、ひどい悪阻に苦しんでいる絵美子に、 「悪阻は病気じゃねえんだ、働きゃあ治る。」 などと言って店の仕事をさせたり、食べ悪阻だから食べている時はムカムカがおさまるけれど後で吐いてしまうのは不可抗力なのに、 「食べた物を吐くなんてもったいねえ、罰当たりな嫁だ。」 などの暴言を浴びせたこともあったという。 やっとの思いで初産を終えてみれば、 「女が子供を生むのは当たり前なんだから、そんなに大騒ぎするなんてバカみてえだ。」 とか、 「嫁が生んだ子より娘が生んだ子のほうが可愛い。」 などと言われて、絵美子は産院では溢れるほど出ていた母乳が、退院して家に戻ったその日の夜には全く出なくなってしまったという。 決定的だったのは、栞を生んで少しした頃だ。 長兄と年子で生まれた次兄は、抱き上げられても目線を合わせようとせず、ぺたっとひっついてもこないで身体を硬直させる、赤ん坊らしからぬ赤ん坊で、四歳になっても一言も言葉を発することができなかった。恭明を祖母に預け、栞を背負って尚幸を病院に連れて行った母は、聴覚が少し弱い、もしくは、ヨダレがすごいから口の周囲の筋肉が弱い、といった診断を想像していたらしい。
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