栞はげらげら笑いながら父を誂った。父が中学生の頃ということは、昭和三十年から三十二年の頃で、祖母は八百松と交際しはじめたばかりの頃だ。二番目の夫になった義弟が乱行の限りをつくし、家や土地をみんな借金の担保にした状態で不審死した後の頃で、家計は火の車だった頃のはずで、そんな状況で不倫の交際をはじめたり借金してバイクを買ったり、その頃の祖母は子供たちと自分を守るためなら手段を選ばない状態だったのだろうと、栞は思う。父も祖母も絶対に栞には言わないけれど、八百松との不倫だって援助交際的なものであったのかもしれない。名前を忘れた『ワリイ男』さんに関しても、農協の職員というのが濃厚にヤバイ。普通の借金じゃなくて、ひょっとして不正融資?などと邪推したくなるが、祖母は借金で買ったバイクに跨がって仕入れに行ったり配達に行ったり、川越市郊外の実家へも行ったりしていたのだそうだ。 「おばあちゃんて、更年期障害って無かったの?」 生理前不調とか更年期障害が原因で奇怪な行動をする女性が、ままいる。バイクで川越くんだりまでぶっ飛んで行ったというのも、心身の変調のせいだろうかと、栞は思った。しかし、 「知らないよ。考えたこともない。」 と、祖母の返事はにべもない。絵美子が五十代前半くらいの頃、顔が火照るとか手足は冷たいのに汗びっしょりだとかイライラして掻き毟りたいとか怠いとか吐きそうとか手がつけられない状態だったのを憶えている栞は、祖母は更年期障害がなんなのかわかってなかったのかもと思い、質問のしかたを変えた。 「じゃあ、閉経したの、いつ?」 「あたし、早かったんだよ。四十一か、三か、そのくらいには終わっちゃったんだよ。」 「その頃、具合悪くなったりしなかった?」 「全然しなかったよ。」 一般的に、身体を酷使してビシバシ働いている女性のほうが更年期の不調は軽いという話をよく聞く。祖母は忙しく立ち働いていて、身体の変調を自覚する暇すら無かったのかもしれない。もっとも、後になって伯母から聞いた話では、昭和三十五年、結婚した伯母の新居に遊びに行った祖母が冬なのにものすごく暑がって着物をどんどん脱いでしまったことがあったから、その頃が祖母の更年期障害の状態だったのではないかと思う、とのことだった。祖母の言う四十一から三くらいの閉経した頃には症状が無くて、何年か経ってから多少の変調があったのだろうか。
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