栞は祖母や父母に詳細を確認するのが躊躇われる記憶を一つ抱えている。祖母が手術を受ける少し前だったと思うのだが、夜、離れでダーンとかバターンとか何かが倒れたらしい大きな音がして、母と顔を見合わせた父が、 「八百松まだいるん?!」 と、驚いたような呆れたような口調で言った。あれだけ大きな音が聞こえたということは窓が開け放してあって、父がビールを飲んでいたから、季節は夏で夜九時を過ぎていたと思う。血相を変えて勝手口から離れへ駈けていく父を母が追いかけて行き、兄や栞も行こうとしたら母が振り返って、 「来るんじゃねえっ!」 と鬼女のごとき顔で怒鳴った。あの時、祖母と八百松が何をしていたのか、祖母の身に何が起こったのか、栞は今もわからない。 手術のために入院していた間や石和温泉に療養に行っていた間、祖母と八百松が連絡を取り合っていたのか、また八百松がお見舞いに行ったのか、栞は知らない。知らないけれど、祖母が石和温泉から帰って来ると八百松はかつてのように祖母の離れにかよってきたし、柚子や鯉なんかを父や祖母に渡していた。 八百松と別れた後は、祖母はすぐに真田さんと懇ろになった。八百松の時との最大の違いは、離れに入り浸っているのではなくて外でデートをしていたことだと栞は思う。祖母が和服よりも洋服を着ることが多くなったのは、旅行であれ日帰りの入浴施設であれ、出かけた先での着脱が和服では面倒だったからで、当然、服を脱ぐおつきあいをしていたわけだけれど、真田さんの肉体はもう、その恋心や熱情を祖母に伝えることはできなかったらしい。 「ものすごーく真面目で誠実な人だったからねえ。あんまり大事にしてくれるから、さわってくれって頼まれれば、断れないじゃないか。」 「さわってあげたの?」 「嫌いじゃなければ、さわるくらいいいじゃないか。」 「…裸になって?」
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