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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第22回   22
店の前にスーパーカブや軽トラが無ければ、その時は他の男は訪れていないとわかるから、店でビールや刺身を買い、父や母に
「薫さん、いるかい?」
と在宅を確認し、母屋と土蔵の間を通って藤棚の下をくぐると、緑に囲まれた祖母の離れがある。藤は紫も白も両方ともあったし、牡丹も芍薬も雪柳もあったし、木蓮も芝桜も、金木犀も銀木犀もあった。躑躅に皐月、夾竹桃、満天星、木瓜も山桜桃も八重椿もあったのを、栞は憶えている。他にも栞が名前を知らない花々がいつも何かしら咲いていたし、道路の向こう側の小学校がある高台へと上る急な斜面には桜の古木が何本かあって、満開の時には情感たっぷりに花吹雪が舞うのだから、単調な農作業の日々を送っている田舎のオジーサン達にとって、祖母の離れはちょっとした桃源郷だったのではないかと思う。祖母はいつも身綺麗にしていて、着物の防虫剤のにおいと古い香水の混ざった、謎めいた蠱惑的な空気を纏って、とてもにこやかに男の人を迎える。農家のオバーサンの日焼けしたたくましい顔とは肌の質感が全然違う白い顔で、柔らかい白い手できんぴらごぼうや煮物をササッと並べる。オジーサン達が泥だらけの長靴だろうと蚕の糞がついたままの野良着だろうと、縁側に座らせるだけなら、特に文句も言わない。母の目には、祖母はのべつ幕なしに男をくわえ込んでいるように映っていたらしいが、祖母は縁側で応対するだけの人と、炬燵の部屋まで招き入れる人は、ちゃんと区別していた。岡田さんはヨレヨレではあっても背広を着ていて、実は露骨に服装で男を差別していた祖母は、岡田さんをいつもは炬燵の部屋まで招き入れていたけれど、真田さんに見られたその時は、天気が良くて縁側で花を愛でながらビールを飲んでいたのかもしれない。
「真田さんて、そんな、怒ったりとかしなさそうだったけどなあ。穏やかそうで…。」
「そうでもなかったよお。けっこう短気だったよ。ただビール飲んでただけなのに、何を話してたんだとか、いつも逢ってるのかとか、すごい怒られた。」
「それでおばあちゃん、なんて言ったの?」


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