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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第15回   15
「よっぽどおばあちゃんに惚れていたんだねえ。」
「奥さんを早くに亡くしてるからねえ、寂しかったんだよ、きっと。死ぬちょっと前くらいにねえ、家に帰って来てるから遊びに来いって言うから、英俊に送ってもらって行ったらねえ、縁側に座布団を出して待っていてくれて、お茶も自分で淹れてくれて、とても元気そうだったんだよ。帰る間際にひょいっと立っていって茶箪笥の引き出しを開けてさ、これで最後だって言って、二万円くれてねえ…。でもちっとも最後なんて感じじゃなくて、元気そうにしてたのに、そのすぐ後で病院で亡くなったんだよ。」
真田さんがお金で祖母をつなぎ止めようとしていたとは思いたくないし、祖母がお金のために真田さんに会っていたとも思えない。抱き合う行為があったとしても無かったとしても、お金は潤滑剤であって接着剤ではなかったはずだ。接着剤は人恋しさとか愛とか情とか思いやりとか独占欲とかで、そういう見えない絆を見える形にしたくて、真田さんはお金を渡していたのだと思う。
お金のために真田さんに会っていたわけではない証拠…というほどでもないかもしれないが、祖母が真田さんとつきあっていた頃というのは、父に言わせれば、戸田商店は『絶頂期』で、経済的にはわりとゆとりがあったらしい。昭和五十九年に店舗を改装し、農村の小さな個人商店としては驚異的な売り上げを記録した。六十二年には中小企業の経営改善賞という県の表彰を受け、平成二年には当時の通産省の中小企業庁長官賞というのを授賞した。勢いにのって父が村会議員選挙に出馬し、一回目の当選を果たしたのと、真田さんが亡くなられたのと、どちらが先だったろうか。
弱冠十六歳の時から、戸田商店をそこまでに育て上げてきた英俊は、父親を知らないまま父親になった所以なのか、精神面や情緒面の発達に欠陥があったのだろうかと思わせるほどに稚気がましく、実年齢よりも子供っぽいところがある。日産が最初の大衆車のサニーを発表するより三年も前に中古のトヨタコロナのライトバンを乗り回していた英俊は、サラリーマンを飼い慣らされたブタ呼ばわりし、吹けば飛ぶような小さな個人商店であっても、経営者であることに強烈な自負心を持っている。平知盛じゃああるまいし、『見るべきほどの事は見つ』とうそぶく顔を子供に見せることと、競馬の騎手か競艇の選手になりたかったんだと若い日の夢を語ることによって、学歴や身長のコンプレックスをはねかえそうとしている健気な男だ。


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