今になってみれば、そういうオメデタイほど鈍感な性質で本当によかったと思う。映画や小説に出てくるような繊細で多感で鋭敏な少女だったら、母の感情に感化されて祖母を不潔だとかフシダラだとか軽蔑し、性に関して歪んだ嫌悪感を持ってしまっていたかもしれないし、祖母のボーイフレンド達の存在は栞をはきちがえた考え方に染めあげていただろう。祖母の口から八百松との関係のエピローグを聞いたのは栞が二十代の終わり頃だったから、多少は大人の感覚で、老いらくの恋のせつなさやもの哀しさを思いやることができた…かもしれない。 「だってねえ、三十年も通ってきておきながら『うちのオバアが、うちのオバアが…。』って、あんっまり頭にきたから、『そんなにオバアがいいなら、もうあたしンとこへ来ないどくれ!』って、追い返したんだよ。」 これで男は終わった、と、祖母は思ったという。しかし八百松と終わったという噂が広まるよりも前に、真田さんが祖母の離れに上がり込むようになっていた。八百松より三歳年上だから、当時七十六歳だったと祖母は言うが、栞の記憶では真田さんのほうが八百松よりも加齢臭が薄かったように思う。とても清潔な印象のおじいさんだったと憶えている。八百松が男性ホルモンの塊のようなタイプだったから尚更だ。真田さんは男性のニオイというか気配というか、そういうのが全然無い感じの人だった。だから祖母の口から語られる真田さんの祖母への執着の生々しさは、意外でもありせつなくもあり、背筋をザワザワとさせる、男の情念のようなものを感じさせた。 真田さんは八百松のように大柄ではなく、かといって貧相でもない中肉中背のカッチリとした体つきの人で、髪は白くきちんと整えてあり、実直そうでもの静かな人だったと、栞は憶えている。 「俺ア、薫さんと死ぬまで遊んで歩いたって、使いきれねえくれえのカネがあるんだ。」 なんて言うから、恭明は反発して顔を合わせようともしなかったけれど、栞からみれば八百松よりも好感度は高かった。
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