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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第121回   121
父の兄姉と同世代のそのオジサンなら、ご近所さんだから栞も知っている。でも八百松の息子だとは知らなかった。
「夜も寝ないで付きっきりで看病してて、八百松のほうがぶっ倒れちまうんじゃねえかって、周囲が不安になるくらい死に物狂いで看病したんだと。」
母親が愛息子に対してそんなふうに必死になる姿なら、テレビドラマなどでよくある話だ。八百松は本当にエネルギッシュで、自分の身の回りの人間を全力で大切にする、大きな包容力のある男だったのだろう。そういう男だったから、復興の波から振り落とされた不幸な未亡人に手をさしのべ、三十年間もささえ続けたのだろう。
祖母は、岡田さんが亡くなったのと同じ年に八百松が亡くなったのを憶えていた。いた、というのは、以前に栞が男性遍歴を根掘り葉掘り聞いた時には憶えていたけれど、今は自分の過去のボーイフレンド達について名前とエピソードが一致しなかったり、八百松に関しては故意に忘れようとしているのではないかと邪推したくなるような風情が見受けられ、『憶えてない。』と言う時の語調がビミョーに荒いのだ。だから口では一番好きだったのは祖父だと言うけれど、それは社会的に見て優良とされる理想の妻でありたかった虚栄的な自己愛に構築された心が言わせるのであって、心や理性では制御できない女の身体の記憶では、やっぱり八百松が一番深く濃いのではないだろうか。


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