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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第116回   116
昭和二十六年から二十八年頃は、朝鮮特需によって世間では一気に復興が進み、そのまま高度経済成長へとなだれ込んでいく右肩上がりのその頃、祖母の人生は最悪のどん底だった訳だ。祖母が絶対に話してくれないその頃のことを、栞は稲子さんに聞いてみたいと思った。しかし母が稲子さんのことを蛇蠍のように嫌っているから、稲子さんは自分の生家に絶対に来ない。栞自身、小学生か中学生くらいの頃に会ったきり、もう四半世紀以上も会っていない。母に知られるとヒステリーを起こすだろうから、栞は母に知られないように細心の注意をはらって、父に稲子さんに話を聞いてみたいと告げてみた。栞の気遣いもむなしく、父は母のいるリビングで、『電話してみたけど、姉ちゃんは体の具合が悪くて、話すのは無理だってよ。』と言い、それを聞いた母は魔女のように口唇を歪めた笑顔で
「ザマアミロ。」
と言った。
あの『ザマアミロ。』が稲子さんに向けられたものなのか、稲子さんに会おうとして断られた栞自身に向けられたものなのか、栞はわからない。意外とこりない性格なので、次はユミさんに頼んでみた。ユミさんは稲子さんの家にほど近い、窓からホタルが群れ飛ぶのが見える静かな場所に住んでいるから、父母よりは稲子さんと親しくしているだろうと、栞は考えていた。しかしそのホタルが見える家が建っている土地に関して稲子さんとの間で悶着があって、それ以来ずっと疎遠になっていたのを、栞は知らなかった。後になってそのことを知った時、悶着の件はおくびにも出さず、快く橋渡し役を引き受けてくれたユミさんの器の大きさに、栞は瞠目した。結局、ユミさんに頼んだ時も稲子さんには会えなかったのだけれど、何回も入院したり手術を受けたりしているそうだから、仕方ないだろう。母はその話を聞いた時も、『バチがあたったんだ、いいキミだ。』とか『さっさと死んでくれたほうがイライラしなくてすむ。』とか言っていた。祖母の介護費用のことを相談しようとした時、話し合い自体を拒絶されたことで、母の憎悪は百倍千倍に膨れ上がってしまった。


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