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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第114回   114
祖母や英俊、また優子さんやユミさんの話を聞いていて、栞がちょっと途方に暮れたのは、シベリア抑留についてとても軽く考えているっぽいというか、はっきり言ってしまえば『ほとんど何も知らない』らしいし、自分には関係無いことだと思っているらしい様子が見受けられることである。友晴さんのケースを標準的なものと考えていて、シベリア抑留といってもこうして元気で帰って来て普通に社会復帰した人がほとんどだろう、共産主義者になったりシベリアの奥地で餓死したなんてほんの一部だろうと、その程度に思っているらしいのである。せっかく戦死も餓死もしないで帰って来たのに幸平さんは身代を傾けるほど乱行のかぎりを尽くして、家を破産寸前にまでしておいて、サッサと死んでしまったから、そんな人のことは忘れたいから、シベリア抑留なんかどうでもいい、知りたくもないと、思っているのかもしれない。幸平さんに関する話はある意味、戸田の家では禁忌(タブー)なのだ。皆、あまり語ってくれない。わずかに、幸平さんが帰って来た時に九歳か十歳だったという優子さんが、幸平さんが家の中を見て、『家は食べ物だらけだ!』と叫んでいたのを憶えていると言う。また、さつまいもの皮を棄てたら幸平さんが驚いていたのも憶えていると言う。もしも祖母が幸平さんの心の傷をちゃんとなめて癒してあげることができていたら、幸平さんは生きていたかもしれない。ただ頭がよかったとか優しかったとか品行方正な聖人君子のイメージだけでちっとも人間味が伝わってこない祖父よりも、栞は幸平さんに会ってみたかったと思う。不遜な言い方かもしれないけれど、さしつさされつで酒を酌み交わして戦争体験や祖母に対する本音とか愚痴とか、祖父や大造さんへの敬愛と反発の相矛盾 する複雑な思いなど、肚の底を聞いてみたかったと思う。


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