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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第113回   113
ユミさんは、帰って来てすぐの頃の幸平さんはわりとふつうに元気な様子だったと言う。もともと手先が器用な人で、針金を編んでカゴをつくり、ユミさんが編んだ赤ちゃん用の靴下などと一緒に大宮(現・さいたま市)の闇市へ持って行って売ったり、片付けも掃除もおざなりの雑然とした台所をキレイに片付けてピカピカにみがいたりしていたのを、ユミさんは憶えている。また、カナさんの娘の万里子さんが『幸平おじさんが母ちゃんと再婚してくれたらいいのに。』と言っていたのを、英俊は憶えている。飲酒量が増えて行動や顔つきに不審な様子が見られるようになったのは、薫さんと逆縁して大造さんが亡くなってから後のことだと、ユミさんは言う。つまりユミさんの見解としては、シベリアでの体験よりも祖母の態度や言動のほうが、幸平さんのアルコール依存症の原因であったと思われるらしい。栞の見解としては、祖母だけが原因で幸平さんがアルコール依存症になったというのではいくらなんでも祖母が血も涙もない悪妻、冷酷な鬼ババアであったかのようでやりきれないので、抑留体験のPTSDや『シベリア帰りはアカ』という偏見や迫害が蔓延していたという社会的背景によってうつ病やアルコール依存症になってしまったことと、祖母の無知や無理解ゆえの言動がそれを悪化させてしまったという複合的な要因が、幸平さんの不審死の原因だろうと考えたい。もし本当に祖母だけが幸平さんを追いつめた元凶だったのなら、五歳の時に母親のせいで父親が死んだということになってしまう義行さんのほうが、栞よりもはるかにやりきれないだろう。栞は、子供の頃から義行さんに会う度に感じていた『不自然さ』の理由がわかったような気がした。陽気に明るくふるまっていてもそれが演技っぽい感じで、笑っているのに寂しそうな印象、血肉を伴った影のような、ミステリアスな雰囲気。その根底にある、永遠にはれない霧の中にあるものが、一瞬だけ見えた気がした。


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