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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第112回   112
たとえ村中の人から誤解され、迫害されたとしても、家族だけは信じてくれていたのが、多くのシベリア帰還兵の最後の心の防波堤だったはずである。幸平さんの場合、そうであるべき肝心の祖母が無理解すぎたのではあるまいか。防波堤になるどころか、『アンタが共産主義者(アカ)かもしれないって疑われるから、商売に支障が出る。』とか、そんなことを言ってしまっていたのではないだろうか。祖母の性格なら言いかねないと、栞は思う。
十二月七日の朝、大造さんが六十四歳で亡くなった。明け方に『あっ。』という声が聞こえ、右手を頭の上にあげてこときれていたと、祖母は言う。幸平さんにとっては、嫂との結婚を強要した恨めしい父親ではあっても、くちさがない世間の矢面に立って庇ってくれた唯一人の庇護者であったはずで、その大造さんの死によって、舵が折れた難破船のようになっていた幸平さんの心は、帆柱までも失ってしまった。そしてユミさんが、父親が反対していた看護婦への道を進むべく決然として家を出て行ったのを見て、幸平さんはもう、この家には自分が愛する大切な人はいない、自分を労ってくれるあたたかい優しい心の持ち主はいないという結論に達してしまったのだろう。坂道を転がり落ちるようにうつ病とアルコール依存症を悪化させ、心も体も壊れさせていったのだろう。なりたくてうつ病やアルコール依存症になったわけではないのに、一番苦しくてつらいのは幸平さん自身なのに、祖母は丸っきり理解も同情も心配も労りもせず、自分のほうが被害者であるかのような顔をして、甲斐性無しと逆縁して貧乏くじをひいたとか、利一さんは優しくて頭がよくて働き者だったのに幸平さんは全然違うとか、酷いことを言っていたのではあるまいか。


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