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作品名:花筏〜はないかだ 作者:SHIORI

第103回   103
年齢の近い兄と妹というのは、ビミョーに擬似恋愛的なシンパシィがあるように思う。まるで恋人や恋女房に心情を吐露するような文面である。母親の死を悼み、幼くして母親を失った末の妹をあわれみ、ハガキのすみからすみまで小さな文字でびっしりと綴られた嗟悼の文章を、栞は息をつめて読み、重い息を吐いた。祖母や父母の話とは全く違う幸平さんが、そこにはいた。のんだくれのゴクツブシは、繊細で多感で母親大好きで妹に優しい、ものすごくデリケートな青年だったのだ。幸平さんが所属していた北方派遣第一〇二七部隊は敗戦後、ソ連軍によってシベリアに強制連行され、寒さと飢えと苛酷な労働で何人もの仲間がバタバタと亡くなる地獄のような抑留生活を経験し、飢餓で発狂するか死ぬかというその寸前に、間一髪、帰還して来たのだという。
「ガイコツに皮膚を貼りつけたみたいに、痩せて痩せて、最初は誰だかわからなかった…。それでも生きて帰って来てくれただけでも、本当に本当によかったって、その時は思ったんだよ…。」
その時は、という前置きがあるのは、幸平さんが後に人が変わったように乱行のかぎりをつくして荒れ狂ったあげく、不審な命の絶ち方をした、そのことが足枷のようにユミさんを捕らえているから。そして栞の祖母や父たちが苦労のどん底におとされたことも知っていて、けれど幸平さんを諫めることもなにもできなかったし、ユミさんは嫂がもっと兄に優しくしてくれていたらという恨めしさと、兄が嫂や姪や甥たちに大変な迷惑をかけたという負い目、そして自分の非力という三つのせめぎあいを、ほっそりと華奢な身体に隠して生きてきた。ユミさんが見てきた戸田の家の歴史に、自分も連なっている。嫁いで自分の生家を外側から見て初めて、栞は祖母の人生の重さや苦さに触れたように思う。結婚する前は、そんなふうに自分の家を見ることなんてなかった。


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