第一章
「エロババア。」 祖母への吐き捨てるような罵倒を母の口から聞いたのは、栞が中学生の頃だった。大人が読むような小説や雑誌を読み漁り、アイドルに夢中のクラスメイトを尻目に父親に近い世代のダンディー系の俳優に熱を上げていても、文学少女によくあるケースで奥手を絵に描いたような栞にとって、母に口汚く誹られている祖母が離れの自室で訪れて来る幾人かのご老人達とどのような時間を過ごしているかなど、特に感心のあることではなかった。シルバーセックスだとか老いらくの恋などというものには蓋をして隠し、老女には性欲は無いのだという建前を長いこと標榜してきた旧き善き日本の一般家庭では、『おばあちゃん』というのはいつも忙しくて小言ばかり言っている母親とは違って、ボタンを付けてくれたり手袋を編んでくれたり、いつも優しくて手先が器用で、縁側で猫と一緒に日向ぼっこをしている、そういう存在だった。『茶飲み友達』というのはその名のとおりに、炬燵でのんびりとお茶を飲んで世間話をする、無害で穏やかで性別を問わない存在のはずだった。
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