ステファンはおよそ1年前から故郷ロンドンを離れている。 目的は、古い歴史を持つフランスのラングドック地方の研究である。 研究は、母国である英国ケンブリッジ大学より依頼された。 研究資金や滞在資金は潤沢であり、ステファンは資金面での苦労は全く考えることもない。
今回の研究における基本的な住居は、ラングドック地方の中心都市モンペリエに住む英国出身の実業家の広壮な邸宅の一部を間借りした。 その間借りした住居を根拠地として、研究のために、ラングドックの歴史に関わる諸都市の図書館や教会へ出向くことが多い。
時折、ロンドンに残してきた母親や、秘めた憧れを抱いていた・・結局心を伝えることすらできなかったクリスティンの顔を思い浮かべることがある。 しかし、南仏ラングドック地方の陽光や美味しいワイン、そして彼を熱心に手伝うフランス人女子大生サラの笑顔に癒される日々が続いている。
中世におけるラングドック地方はヨーロッパでは最も裕福であった。 他の都市に見られるような階級の違いや、農奴のような悲惨な階級もない。 都市は自由にあふれていた。 法律は古代ローマの法律、ローマ教会の法ではない。 民衆は教養にあふれ、文化や商業は目覚しい繁栄をみせていた。 宗教においても寛容であった。 イスラム教神秘主義をはじめ、ユダヤ神秘思想さえも、こだわりなく受容され、人々には差別意識もなく、ギリシア人、フェにキュア人、ユダヤ人、イスラム教徒は仲良く暮らしていた。
「カタリ派・・・」 カタリ派は中世キリスト教の一宗派である。 ケンブリッジの図書館で文献を調査したころは、まったく実像がつかめなかったが、現地でサラの手伝いを受けながら研究を進めると、カタリ派の奥深い姿が、彼の心をとらえていく。
しかし、研究が順調に進めば進むほど、彼の心は暗黒に閉ざされていく・・
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