片道切符の二重人格
彼はとてもいい性格で有名だった。友達も多く、明るかった。面白くない友達に対しても、彼自身が面白いこと、話題、を持ちこむので、その友達は怒ることはなく、一緒に笑っていた。その時々で、彼も人間故、少しのストレスが溜まることはあったが、彼は自分の性格の定評に縛られて、その辺りに安らぎを作っていた。心の中で、自分の声と、そのまわりの声とが、言葉が全く同じであった為、その声はひとつに聞え、そのひとつの声が彼には自分の声に聞えていたので、まわりの声というのがわからなかった。 音や言葉は同じものが重なるとそれは当然ひとつに聞えるのである。考え出す地点が彼の心の中で、全く同じな為、彼の考え方が変わらない限り、その声、言葉、はひとつに聞えるのである。 彼は哲学少年でもあり、夜になると部屋で一人になっていた。誰も遊びに来る者はいないからである。常識に於いても、夜中0時に友達が遊びに来るなど、滅多にないことは解っている。彼は、夜になると、自分の思惑を以て落ち着き、人への気遣いがなくなる為、心が安らいだ。毎週日曜日には、教会へも行っており、小さい頃からのクリスチャンであった。その為、人から喜ばれることを進んでするのは素晴らしいことだと、教えられていたのだ。
そんな或る夜、その日は例の面白くない男と一日中一緒に居た。その男は、毎日毎日の愚痴しか言わず、自分の主張だけを言い張り、彼の言い分はあまり聞かなかった。その男は、心の中で「この友達だけは自分の言うことをわかってくれる」と唯一人、その思いを託していたのだ。彼はその夜、その日のストレスで、今までの累積したストレスが限度を越え、胃がおかしくなった。身体に初めて、異変が起こったのである。彼は血を吐いた。その血を見ながら、少量にも怯え、それと同時に今までとは違う声がしていた。
「自分をここまで追い込んだその輩を殺せ、」と言うのである。(続けて、)
「同じ様に生まれて来て、何故お前はいつもいつも聞く側なのだ、クリスチャンだからか?そんな筈はない。それにお前が言う事に対して、お前のまわりの者は皆、顔を顰めている。お前の言う事が難しい、と。人の心をそれ程思いやる必要もない、と、お前の考え方とはまるで違う者ばかりなのだ。お前は他人に乗り移った事がないだろう。ここはお前の心の中だから言う、果してお前は人間であるか。はたまた、まわりの者はお前と同じ人間であるか?確信は持てない筈だ。他人に乗り移った事が一度もないのであれば、...」
彼はその日の夜から親に見舞われながら、あまり喋らなくなった。そして翌日、目覚めてその日を過ごした後、心の中のまわりの声を聞けば、「彼は性格が悪くなった..暗くなった..」と噂していた。彼の言葉が変わったので、その声色が変わってしまい、自分の声がはっきりとわかったのだ。
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