貴族の善人
彼は優秀だった。頭が人一倍切れ、性格もずば抜けて良かった。彼は生活も、貴族的な風習の中で育ち、クリスチャン的な躾が行き届いていた。人々は彼を愛し、彼も人々を愛した。まわりの人々に愛され続け、彼はそこら周辺の地を担う地位までになった。彼は人の上に立ったのだ。誰もが彼には、人の上に立つ器があると思っていた。それまで彼は独身で子供もおらず、ただ母親と父親の躾だけが彼を担っていた。その上、彼は性格も良かったため、人を思う気持ちは忘れはしなかった。
そんなある日、そのまわりにいた女が、彼の妻になろうと彼に近づいた。彼はその女に会い、たちまち女に惚れてしまった。女は彼にあわせていたのである。彼はただひとつ、貴族的風習のため、女への欲の出し方は躾されなかったため、どう出ていいのかわからず、ただ焦っていた。女は、その辺りのことをしっかりつかんでいたので、彼の家の財産を乗っ取ろうとさらに色目をつかった。彼はその女の行動に不審を抱いたが、性格故女の気持を思いやり、女にあわせた。しばらく平和な状態が続き、とうとう彼は一国の主となった。頭は商才の内に伸びてゆき、やがて結婚したその女とも仲良く暮らしていた。その国で彼は、たくさんの法律を建て、平和を保とうと試みた。女の財産乗っ取りは、未だ消えず、眠る時も、彼の夢ではなく、金の夢を見ていた。
平和な一日々が続いていたある日のこと、ひとりの男が殺人犯とまちがわれて裁判に問われた。その裁判を担う彼は、長い間、裁決に迷っていた。だが、長い平和呆けのせいで、頭が鈍っていた。女は自分の命ではないので、”早く決を出してあげましょう”と彼に催促し、焦らせた。そんな時、国の中の一部の民が、そのひとりの男を憎んでいたのか殺すよう彼に頼んだ。彼は、長い間の疲労と、一部の民の気持ちを思いやって、そのひとりの男に死刑の判決を言い渡した。男は殺された。女はさらに彼に色目を使うようになり、他人が見ればそれは異常だとわかる程だった。だが、その色目を受けているのは彼本人で、当人には、その異常が喜びにかわっていた。その事情を知った他の国の王が、彼を残念に思い、戦争を仕掛けてきた。事情を漏らしたのは、女だった。彼は薄々気付いてはいたが、知られてしまうと、女の身も危ないのでその女を庇い、沈黙を守っていた。戦状は、彼の国は富んでいたせいで彼の国が優位に立ち、ついには、勝利をおさめた。女は喜び、彼も喜んだ。負けたその国の王は、生け捕りにされて彼の下へ連れて来られた。女は遊び半分で彼に”殺す”ように示唆した。彼は、その示唆を上手く読み取り、その王を死刑にした。負けた国の王たちは、彼のことを、”欲にあやつられた悪人”と呼んだ。その国の王は、彼から女にかわっていた。
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