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作品名:愛情 作者:天川祐司

第1回   1
愛情
「愛情」
 何故生きる上で、愛が必要であると言うのか。男は女が必要でありその逆も然別。人がする事は同じ繰り返しである。何も言わなければ、そのまま時は何もなく過ぎる。愛とはそれほど大切なものなのか。愛の有無により、生き方がこれほどまでに変わるとは。本当に言いたい事が言えない。自称スーパースターで閉鎖的に生きて、そして変わった。男・女間に於ける絆を壊すものは愛であり、異性同士の愛である。又、抱擁するものとは愛だという。私はそれについてわからなければならない。そうする事が正当な術であるという。正当な術について理解出来ない者は、どうすればいいのか。このような男が生れて、生かされている。唯、自然に、生きていることを恵みであると感謝出来れば良いのに、どうしても恋と愛とが未来への梯子となる。その梯子がなければ明るい未来はない。男と女、私はその男として生れたのだ。「皆、気がるにやってるさ!そんなに深刻に悩むこともない。」、この言葉が、常に私の周りで響いている。

「一瞬」
 たとえ一瞬間誰かと知り合ったとしても、恋などに落ちはしない。私は惚れられにくい男NO.1だから。

好きでもないのに「好きだ」などと言うのが間違っているのだ。中途半端な感情とは厄介なものである。…果して、「片想い」とはその類に入るものか。

「私の中のマイナス思考」
 マイナス思考に浸る事が無駄な事だとわかっていても、やはり浸ってしまうもの。屋根の上からボールが落ちる自然の躍動に似ている。現実に掲げた私の理想が私に思わせるギャップなのか、仕方がない。今、私が思う事を否定する事が出来ないで、その内実を以て私は又生きなければならない。心中に於いて「理想」を叶えるであろう希望が見え隠れする故に言動とは中途半端なものとなり、覚悟が定まらない。しかし、その「中途半端な希望」を持つからこそ、「中途半端な希望」が実現させる多少の発展も未来に生きる。毎日を一つずつ生きていかなければならない私は、親孝行することも含め、「成功」をみなければ甲斐がない。その「成功」を得る為には現実に認めてもらわなければならない、と考えている。私が生きながらにして「ギャップ」を感じようが関係なく、現実は容赦がない。「今の私」を貫くのだ。この世に生れた、唯一人の間抜けな「私」という人間を以て。―――

「手記」
 書かずにはいられない、これが、私が生きた証となるのだから。その内容とは、他人にけちを付けられることもなくひっそりと在る。私の生き方について記せば良いと思った。この手記がなければ、私の存在理由がない、という程の内容が在ることを予感している。
「利損と罪」
 神が定めた事柄、人が定めた事柄、等について考える際に、どちらが正しいのかと思う。人は大抵謙遜して「神の方」だと言う。しかしその言葉の一つ一つに表裏があって、どちらの面にも人の思惑が並べられている。謙虚の「裏」には「自分という器を賞賛してくれ」という主張が在り、利損を考えた果ての人の思惑が根付いている。この世には、文化とも言われる程の「流行」が在り、人はその傾向を見ながら予測もするものであり、「流行」に流される人の心の局面に「神が定めた事柄」から乖離する可能性が在ることを知る。神が言う事と人が言う事とが違っているのだ。しかし人とは、生きる故に結果を知りたがる。目に見えるものが、この世の強者である故、目に見えるものを好むのである。「安売りなどは出来ない」という様に、神の姿は見えない。目に見えないものについて、人は時々、勝手な噂をする。その「噂」を作るのは人であり、その「噂」を信じるのも人である。その「噂」が自分にとって利益を生む、と知れば、素早くその「噂」を信じ、損をすると知れば、素早くそれを突き離す。今の世の中という漠然とした対象に対して「これは罪か?」と問うても無駄なこと。結局、主観、多数決、によって解決されるのだから。

「無哲学=日本人」
ある哲学観念を「極めた」と言う人の言葉。
 哲学など日本には存在しない。もし存在すれば、日本人は皆、死を選択せねばならない。そうなれば、生れて来た事を否定しなければならない。それは、生きたい、と思う人にとっては不可能な思惑の連続である。生きて行くのは絶対のことである、と言う人々を目前にしながら現実に目を向ければ、馬鹿らしい壁が在る。現在の日本を見てみれば「哲学観念」は存在しない様子である。日本とは世界である。時に真面目であり、不真面目である。私が思う「本来の姿」とはまるで違うのである。「現在の日本」の内実をあの時のエルサレムにあてはめてみても、大した差は生じない。唯、うるさく、元気なだけの日本に、元気なき少年は不要なのである。皆、源泉がなくても元気でいなければならない。そのように在らなければ明日は来ない、暗黙の内に諭されながら。

「独身」
 どうしても、独り身だと軽く見られる。面白いものだ。独りが集まっているだけなのに。

「顔のない乗客」
 今日、電車に乗った。窓の外では、目まぐるしく景色が後方へと流れて行く。遠くは見えるが近くが見えない。遠くを見ながら、今自分が居る場所の確認をした。目前に座った男性はサラリーマンのようで、新聞で顔を隠している。少し離れた左前方には、ペチャクチャ喋っている女子高生達が居る。隣には、社長のような男性と女性、後方には、座る際に見えたお陰で、デザインを手掛けるスタイリストを職とした男、等が居る事を知った。私は昨日の出来事が心を占領していて、悩んでいた。誰の顔も見たくないと思っていた。落胆とは時に、自分の事しか見えないようにさせる事がある。文句を呟く自分の顔をずっと見ていた。新聞を読み終えて、膝の上に新聞が置かれて彼の顔が見えても、その電車を降りた頃には無関心が呟いて、彼の顔を忘れた。彼は、改札を出る頃までは、私の顔を覚えていたという。私は「彼」に気付く事ができなかった。


「はじめまして」――この1秒程の短い言葉に、一生のときめきを感じることがある。

「ありがとう」―――この1秒程の言葉に、人のやさしさを知る事がある。

「がんばって」―――この1秒程の言葉で、勇気が甦って来る事がある。

「おめでとう」―――この1秒程の言葉で、倖に溢れる事がある。

「ごめんなさい」――この1秒程の言葉に、人の弱さを見る事がある。

「さようなら」―――この1秒程の言葉が、一生の別れになる時がある。

 一秒に喜び、一秒に泣く。一生懸命、一秒。(「セイコー時計」CMから引用)


「little boy」
 大学へ入学した。大学へ入学する為に死に物狂いで勉強をした。しかし、まだ足りないらしい。高校の時には、それだけで全て足りる、と噂で聞いていた。その場凌ぎの「噂」だったのか。今度は卒業する為に、人としての単位を修得しなければいけないらしい。例えば街中で、ピストルで撃たれれば一瞬で死ぬというのに。

 生きる場所は同じなのに、生きている「世界」がまるで違う。どちらが正しいのか、と常々考える。私の哲学を奏でる心境を公示された際、私は全ての輩から嫌われる、と考える。愚かな時代だ。「愚かだ」と言う私が最も愚かになってしまう、と又考える。もう何も考えられない、一人では。

アルバイト先で人が仲良くし合うのは、互いが金儲けの場所を獲得し合う為だ。そうして生き方を変えようとも思っているからだ。生きる為には金とは必要であり、又、親孝行の為にも必要である。死ぬ事を選択しない場合には、金が全てと言って良いくらいだ。「金のない奴は必要ではない」とどこかで言われる事もある。ああ、頭が痛い。人と仲良くする事とは、時に、決して好きでしている事ではない。ああ頭が痛い。又、明日が来る。思考の在り方を変えなければ。


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