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作品名:あれこれ 作者:天川祐司

第5回   失望の彼方に
『失望の彼方に』

「滑稽症」
 或る男が、一人の女と体がぶつかった。その際に、その男の手が女の体に当たったらしく、女はその感覚をよく覚えて、凄い喧噪をして、男に喰ってかかった。男は無言を装ったが、その体裁とは傍からみれば軽蔑しているのか、とも採れる表情であり、その様子を又見て採った女は、更に憤慨し、その男の手をぐいと掴み上げ、抵抗の感も覚えずまま警察へと駆け込んだ。男は未だ無口のままである。

「この人が私に猥褻な事をしました。どうか捕まえて下さい。」と、女は険相を変えないまま、そこの警察官に訴えた。

「何だ、君は何かこの人にしたのかね。」と、警察官は、改めて男に向って問い質した。

「ちょっと、お巡りさん、この人は私の体を触ったんです、この右の手で。私が言っているのですよ。」と、二人の会話を傍観していた女は割って入り、益々大きな声で警察官を怒鳴り立てた。警察官は、「まぁまぁ、少し待って下さい。あなたの言い分は聞きましたが、こちらさんの言い分を未だ聞いちゃいない。」そう言って、宥めた。彼等が話している最中に奥から出て来て、途中から一部始終を聞いていたもう一人の警官により、ようやく女は静かになった。

「さて、どうだろう、君はこの女性が言うように、猥褻な事をしたのか。」と、始めにその女性の「訴え」を受け付けた警察官は、男に穏やかに問うた。男はその警察官の顔の眉間辺りを見たまま、無言を通した。

「君、このままではあれだよ。このままではこの女性の言う通り、君は猥褻行為をした犯罪者として、この署にて少し泊っていって貰うことになるよ。何か言い給え。さっきからずっと黙ったままじゃないか。」と警察官の口調は、その男に少し同情の意を呈している様だった。それでもその男は無言であった。仕方なく、その夜は、男は、そこに泊ることになり、女はそのまま帰って行った。そして翌る朝、警察官は男の居る房へ行き、様子を窺った。相変わらずの沈黙である。

「どうだね、少しは何か喋ってくれる気になったかね。何でもいいんだよ、もしお腹が空いていればそこに天丼だってあるし、昨日の事で不満を抱いている事があるのならそのことを言っても良いし、何でも。」と、傍に在った椅子に座りながら警察官は言った。

「よく決め付けますね。」その男の第一声目がそれであった。その言葉を上手く聞き取った警察官は言う、「いやいや、決め付けている訳ではないよ、現にこうして君の意見だって訊いているじゃあないか。それに、僕は君がどうにも不憫に思えて仕様がない。君はそんな風には見えないからねぇ。まぁ、まして、人を偏見で判断する役柄でもないのだが…。」

「いえ、決め付けています。あなたがじゃあないんです。いや、あなたもかな。世間は女の味方でしょう、こういう場合。そう、子供の事などで裁判所にて揉める時もそうだ、女の味方につく。今の時代、そうなっているんです。あなた、あの女性を見て綺麗だと思ったでしょう、思わない、って言うんならその例外も認めます。でも大抵の人達が綺麗と言う筈だ。だって、あの人の恰好を見れば何処かの映画女優みたいですもの。僕だって、正直に言って、あの女(ひと)を見て、その恰好を汚ないなどとは言えません。女は常に飾るものですから、その基が良ければ尚更です。でも本当の事を言います。触ってなんかいません。触ってないんです。それは真実の事です。しかし、その証拠が何一つありません、証拠がなければ罪に問われても仕方の無いことです。あんなに飾り付けられてこの人は触りました、なんて言われれば、常識的に男は皆、触ったと錯覚するでしょう。いや、女も。僕は負け戦はしません。僕の偏見であの時は負けたと思ったんです。汚ないものです、女というのは。ああいう形で自分を高めようとするのですから。…..」延々話した後で、男はその日に帰宅した。

「懸念の割愛」
 多くの文学者たちの本を読み終えて、何にも書けなくなった自分が億劫がる。周りに居る輩と同じところまで落ちたような気分だ。(はじめからそんな地位などないのだが)。顔面を強打した気分だ。何の発想も浮んで来ない。こんな時に、自分の思う処の例など挙げたいのに、何も出て来ない。本など読むんじゃなかった。「僕には僕の…」この言い分が、ついに通用しなくなったではないか。ふん、なんだい、少し自分が年齢を重ねているからと言って、いい気になって。本来、そう思わなくても良い筈である。とにかく満足を得たいのだ。この自分という人間しか書けない、という簡単な満足感を覚えていたいのだ。簡単なのに、簡単なのに。

「批評」
 こんなことではいけない、こんなことではいけない。これを一生続けて居れば、文学者は良いものを書くだろう。批評者はその恰好を見て。

「宗匠頭巾」
 所詮、他人の舞台では、その個人の演出しかない。その間のことはわかるものではない。わかったが最期、君の文学は音を立てて崩れ去る。わかってはいけない。それがせめてもの思いやりだろう、継続させてやらければ。

「須臾」
 誰かと一緒に見知らぬ遊園地へ行って、その誰かが一度この遊園地に来た事があったとしても、その誰かが僕に何もその事を言わなければ、僕は僕なりの楽しい一時を送れるのである。

「自己吹聴」
 いつでも文学者は止めるさ、戦国時代でも、大抵の人は、好きで人を斬っていた訳ではないだろう。詰り、見たい時に見たい本やテレビを見る、読みたいという言葉を本を立ち読みしながら捜し当てる、なければ止めれば良い。嫌いこそものの破綻なれ、兎角、この世の言葉の意味の裏返しとはその表に在る心理を突くものである。卑怯、侮蔑、辟易、磊落、冗談にも成り得ない様々な盲執が、私のところへ投げ込まれて来よう。けれども私は、そのような事を恥じる気は毛頭ない。だって、あの人達がこの白紙である私のフィールドに入って来られる筈がないのだから。否、万が一入って来られたとしても、海水に混じった淡水魚、それも適応能力のない種の魚と成る。所詮、長生きは出来ない。それとも、本気と称して、君は一緒に入って来た仲間と遊説を楽しみたいのか。君こそ君で邁進し給え。私は最早、何も言わない。言えない。言ったが最期、私の文学は潰れてしまう。要は、それ程長く、君を真似て書かなくても良いってことだ。これに腹を立てて、君はそれまで語り合っていた二階の部屋から飛び上がるのだろう。丁度、午前四時を過ぎた頃か、その仕掛け役の私の策略に見事に陥ってしまう。可笑しなことに誰もが笑い、その笑った瞳には文学が映らない。どんなに上品を留めていても、その人の器は既に、鬱を欲しがる。
 さぁ、もう、クーラーも切れて、何を書くにも眠くなってきた。ここらで最後のとっておき、ってやつを出そうか。夢をみること、華をみること、潰されてみること、催眠をかけられること。すぐ忘れてしまうこと。「白日夢」は萎びた欄干が架かった川の上を、ゆっくり飛んで行き、ぬかるんだ枯葉が茂る山奥へ、この手から離れて消えてゆく。翌朝には別人の、定款を約束した文士がバベルの塔を建ててみようかと普請している。私は唯、その姿を呆然と見ている。生粋の文士だ、と、この時、危なげに私は言うのだ。

「流暢婦人」
 以前にも言った様に、女が醸し出すセクハラという男への揶揄は、金輪際、女は止すべきである。男に頼らざるを得まい、などと自分達の質を謳いながら、ないものねだりの欲に委ねて男で遊ぶのは止すべきである。飾っちゃいけない。醜く居ることだ。ここで言う「醜い」とは現実に於いて、君の保身を約束するものだ。せめて、お付きの居るテレビタレント辺りがお洒落でもすればましではないか。視界に入る為、と派手な服を着て、いざ世間に臨めば、理由もないのに目前の嫌味な男を犯人扱いする。再度、遊郭から出直せば良い。そこで、正しい遊女の在り方なるものを勉強し直すべきである。遊女の顔は、君の心に一室を作るものではなく、君が思うよりも無垢なものである。自分がどれほど、卑しくて、醜くて、揶揄されるべき存在であるかということが、鏡の内の自分の横に遊女が映った時、目立ってわかる。安心するが良い、その際でも君の様な無学の者にでもわかる態を以て、味わいが佇んでいるから。猥本が君達という女性の逃げ場になってしまっているのには、正直、油断を覚え、感服するところである。あれは女の性(質)を表している。安い金で買えるものにしてあるのも、憎い手段である。お陰で男性の間では、見えぬ陰まで広まった。その内の種も選び放題である。男は男の質、女は女の質なのである。流暢な諸事を携えて男を持て成す女の顔が、あたかも遊女の様だ。持て成された男は時に、それを無垢な愛であるとさえ取り違うであろう。単なる間抜けに成るのである。ここでも女は逃げ道を、その体を以て作っている。流石に現実に生きる女である。そう、女が居なければ子供は生れない。子供を産む苦痛とは、又、男には未知なものである。翻弄される前に私だけでも他所へ行こう。女の居ない土地へでも。目が眩む、邪魔が居ない、(若くして死ぬ《夭折》)、自分の生き道は自分で、一人旅を作り始める。今更そんなことを言うなんて…。

「罹災」
 文学者足る者、殆ど知り得たる輩は哀しい方々へと事を持って行く。楽しくは出来ないものか、人を知っているからである。恐らく、有名大学出付きの輩が何人も居たのだ。それが真実の事なのであろう。「多数決でイエスの衣は割り当てられた…。」

「朦朧、筆に向かひて」
 今、という時、どの時か、時知らず。白紙に向かひて生気が溢れ、母親の唄う聖歌を覚えながら筆は「畢竟…畢竟…」美しく辟易し、退屈を憶える。破綻は今この時だけ、と念押す我が、逞しい。

「裁断」
 昔の事を思い出す、次第に病魔に襲われ、この軟弱な体が躊躇することなく、ぼろぼろになって行く。この外の曇った空をも完全に無視して、外界に居る今の友人、その類をも完全に無視して、言葉足らずな内界の自分をも完全に無視して、猪突の如く反故の妄想へと突き進んで行く。誰も止める者が居ない。心の中の権利までは誰も剥奪することが出来ない故。夢遊の自分が發刺として、この現在を生きているのだ。よく、夢の灰界から冷めたあとに被るものである。狂う。

「鞭撻」
 怖しく、影響された夢から覚めて思う、「あ、そう言えば昨日あの人から手紙頂いていたんだっけ。」

「信用」
独りの世界、灰色の世界、現実逃避、何分かの割合で、現実の方を信じられる。

「糧」
 文学は最早、生計なる糧ではない。死ぬる為の糧である。その証拠には、世間に溢れかえる傀儡の様がある。

「割愛」
 今日も、子供の相手をした。固陋で、且、磊落を呈する若輩の相手をすれば、日々の定款に従うよりも眩暈に埋没し、この風景が欺瞞に満ちてゆく。悪に突き進む自分を喝采し、存在し得る恰好を身に付けようと、努める。安堵を実らす旱魃は何処か、何かに危惧しながら次の縁にて、葛藤してゆく。

「厭世敗北」
 愛して愛して、愛し抜いた子供がいた。その親は日々の闊歩に耐え切れず、終に割愛を余儀なくせられ、何事かへの工面を放り出したまま、自己犠牲への功徳を大袈裟に評価し始めた。子への愛の目は既に自己評価からの炯眼と化していた事を、薄々気付き始めながら。

「犬蓼」
 傷を嘗め合う犬が居た。物を見詰める犬が居た。他人の鳴き声を慰藉する犬が居た。愛される側に回る犬が居た。喋る犬が居た。又、逆も然別。華奢に生れ出ずる犬の群れが、人であることに気付いた須臾(とき)には、人の群れの様子も鷹揚としていた。

「怯懦生粋の陰」
 変貌を遂げた時刻は人に休息を与えず、固唾を呑む連続に邁進し辟易させ、人はそれ故に、背くような活発を浮かべた形相を装い始めた。その闇雲の中に、知らず内に蛇が数匹紛れ込んで居り、形相の様は険相の憎音に慣れてしまった。人は不意に何処ぞの街角にてその蛇に出逢って居るのだけれど、それが余りにも不意が過ぎて、同じく神が創られた仲間だと信用してしまうらしい。


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