拓美ちゃんを家まで送り、次に向かったのは智樹のアパートだった。 一台の車が駐車をしている最中だったので、少し待っている間に、智樹は後部座席から大きな鞄をわざと塁の頭にぶつけながら取り出し、塁が智樹の腹に拳を入れた。 本当にこいつらは、いつでもこうやってじゃれあって、仲がいい。こんな光景もまた、暫く見る事が出来ないと思うと寂しい。 きっと一番寂しがるのは、いつも部室のあの椅子に座ってゆらゆらしている、君枝ちゃんだろうけれど。 車を少し前進させてサイドブレーキを引いた。端に座っていた君枝ちゃんが先に降りる。俺も運転席から降りて、助手席側に周った。 「明日、送っていけなくて済まないな」 塁に言うと、塁はポケットに手を突っ込んだまま「いらんいらん」と言って首を振った。 「送りなんてして貰ったら、泣いちゃうもんな、お前」 塁は普段白い顔を真っ赤にして、智樹の長い脚に蹴りを入れている。その様子を穏やかに見つめる君枝ちゃんがいた。 「まぁ、また突然帰ってくるかもしれないし、そしたら連絡すんから。それまで元気でやれよ」 俺にハイタッチを要求した塁の、少し小さな手のひらに、俺は自分の手のひらを叩きつけた。 「電話待ってるからね」 君枝ちゃんが言うと、塁は何も言わずに君枝ちゃんに近づき、抱き付いた。 それを目にした智樹は、首の後ろをぽりぽりと掻きながら目を逸らした。 「またな、矢部君」 確かフランスに発ったあの日は、彼女にキスをして行ったのを思い出す。今回は抱き合っただけだった。塁の中で何か変化があったのだろう。 「じゃ、行こうか。君枝ちゃん」 君枝ちゃんは助手席に乗って、窓を開けた。暖房で暖まった車内に、冷たい空気が流れ込んできた。 「頑張ってね、塁」 その声は少し震えていて、それでもいつまでもそこにいられないから、俺は塁に「じゃぁな」と大きな声で言って、車を出した。君枝ちゃんは、目に涙を溜めていたので俺は、手元にあったポケットティッシュを渡した。 「ありがとう」 ティッシュが取り出される音がして、彼女は目をぎゅっと押さえていた。 「君枝ちゃんは、塁の事も、智樹の事も、好きなの?」 俺の言葉に、君枝ちゃんは少し笑ったようだった。 「好きだけど、やっぱり智樹の事が好き。智樹とちゃんと付き合っていきたい」 俺はその言葉に安堵し、前を見ながらにやけた。 三人の入り組んだ複雑な感情は、俺の想像を遥かに越えている。それでも、一人しかいない女性である君枝ちゃんの決断は、三人の関係を大きく左右する。彼女は智樹を取った。そう決めたのであれば、それでいい。塁の事は「好き」でも、智樹の事は「愛している」に、そのうち格上げされるだろう。 「愛してやってよ、智樹を」 そう言うと、「へ?」とおかしな声を上げて、そして笑った。 「もう愛してるよ、とっくに」
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