半死半生の二人は、何とか家に帰れるとの事で、二人仲良く家を後にした。至も人が良すぎる。 まぁ酒に弱い奴らじゃないし、冷たい夜風にでも当たれば酔いも覚めるだろう。そうしたら至に残酷な現実がつきつけられるだろう。 問題はこの二人だ。完全に眠っている。二人ともぐっすりだ。塁に至っては、だらしなく涎をたらしている。 とりあえず二人に毛布を掛け、俺は残飯処理をしたり、食器を洗っていた。
俺の家だからって気を抜き過ぎだ。明日は好きなDVDを観ながら過ごそうと思ってたのに、台無しだ。いや、まぁ朝早く帰ってくれればそれでいいんだけど。 考え事をしながら食器を洗っていると、手が滑ってグラスが一個滑り落ち、派手な音を立てて割れてしまった。近くにいた塁の所へ破片が飛ばなくて幸いだった。 破片は台所の蛍光灯を反射して鈍く白く光り、俺はそれらをゴム手袋のまま掴み、集めていると、視線の奥でもぞもぞと動く物体が見えた。 「コップ、割れちゃったの?」 君枝ちゃんが半身を起こして目を擦っている。可愛い。 「ちょっと手が滑って。つーか起こしちゃってごめん」 俺は近くにあった新聞紙でその破片を包み込み、ビニール袋に入れた。 「あれ、みんなは?」 きょろきょろと見回すので「一人死亡」とゴム手袋の先で足元の塁を指差した。「至と拓美ちゃんはの終電前に帰ったよ」 「え、電車終わっちゃったの?」 時計を見ている。眼鏡を掛けていないので時計は見えていないだろう。もう終電が終わってどれぐらい経ってると思ってるんだ。 「いいよ、そのまま寝て帰りなよ。明日、俺は予定ないし」 洗い物の続きをしていると「手伝うよ」と眼鏡を掛けて起き上がり、隣に寄って来たので「いいよ、もうやる事無いし。終わったらお茶出すから」と言って座っていてもらった。
また塁に先を越されたんだ。後出しをするからにはインパクトを与えなくては。まぁ、その辺は全然イメトレもしてないんだが。しかもプレゼント丸被りって......。 「はいよ」 綺麗になったテーブルに、温かい緑茶を出すと、嬉しそうに眼を細めて「いただきます」と茶碗を持つ。特に手入れをしている様には見えないが、綺麗な指をしているんだなぁと今更ながらに思う。 電気は隣の部屋だけついていて、この部屋は薄暗い。彼女の顔は少し翳って見える。俺は彼女の翳った顔から目を逸らし、茶碗に目を落とし、口を開いた。 「塁にプレゼント、貰ったんでしょ」 一呼吸あって「うん」と何故か申し訳なさそうな声で頷く。塁との事になると、途端に申し訳なさそうにする彼女の態度が気になる。 「あのさ、実は俺もプレゼント買ったんだけど、何か渡すタイミングが分かんなくって」 そう少し笑って俺は立ち上がると、棚に置いてあったプレゼントを白い紙袋から出して、テーブルに戻った。君枝ちゃんの隣に座った。眠っている塁に、ちょっとだけ許してくれ、と心の中で許しを乞うた。 「これ」 無造作に渡すと、彼女は両手で受け取ってくれた。「開けていい?」首を傾げる仕草が子供の様で、俺はニヤニヤが止まらなかった。 静まった部屋にがさがさと紙を擦る音が響く。俺は視線を泳がせて、彼女がその中身にどんな反応を示すのか、ドキドキしながら待つ。審判を待つ囚人みたいだ。 「え、手袋?」 いつか彼女が塁と相合傘をしていた時の、あの傘の色をしたミトンだった。色こそ違えど、まるで被っている。 だから嫌だったんだ。彼女の背中からちらりと見えた塁からのプレゼント、黄緑色の物体が手袋だと分かった途端、俺は自分が用意したプレゼントを捨てようかと思ったぐらいだ。きっと彼女は困るだろう。 「すごい、二つもあったら毎日取り換えられるね。ありがとう、智樹君」 眼鏡の奥から細い双眸で見つめられ、俺は視線を逸らすのが精いっぱいだった。薄暗い部屋だから気づかれないだろうが、俺は今、顔が真っ赤なのだ。 「あの、さ、着けてみてよ。かして」 俺は彼女から手袋を掻っ攫って、彼女の手首をつかむと、立てた俺のデニムの膝に彼女の手を乗せた。そして指先から手袋をはめた。何だか、結婚式の指輪交換みたいだなとおかしなイメージが頭を占拠した。 両手に手袋をはめ、パンパンと手を叩く君枝ちゃんがとても可愛らしく、早く雪でも降らないかな、そんな事を考えた。 塁が彼女の頭を撫でていた事が酷く羨ましく思った。後手なんだ、俺は。 それでも我慢できなくて「俺はいつも後からなんだ」と言いながら、ずいと手を伸ばして彼女の頭を撫でた。彼女はびっくりしていたけれど、俺の顔を見て微笑んだ。良かった。 でも俺は、塁にリハビリされた君枝ちゃんの頭を撫でたまでだ。
「智樹君は、クリスマスプレゼント、例の好きな子にあげたの?」 何て残酷な事を訊いてくれるんだこの子は。目の前のあんたに、俺は渡したじゃないか。 「うん、一応」 俺はいたたまれなくなって、テーブルの向こうに置いたままの緑茶を手元に引き寄せ、ひと口飲んだ。だいぶ冷えてしまった。 「智樹君みたいに優しくてかっこいい人に好きになって貰える女の子なんて、幸せだねぇ。羨ましい」 その言い草が、完全に君枝ちゃんを除外している言葉であった事に、安堵しつつも、気付いて欲しいという感情もあって、複雑だった。俺はそんな事を言われて、どう返答したらいいか分からず、首の後ろをぽりぽり掻いて誤魔化した。 「塁は......塁は好きな人にプレゼント、あげたのかなぁ」 ぽっと思いついた事を口にしただけだったのだが、君枝ちゃんは急に狼狽えはじめた。薄暗い部屋でも分かるぐらい、挙動不審だ。 その狼狽え方をみるにつけ、やはり君枝ちゃんの気持ちは塁にあるのだと確信する。 「どうだろうね、あげた、のかなぁ。智樹君から訊いてみたら?」 そうするよ、と俺は少し俯いて笑った。確かに、塁なら正直に「あげたよ」とか、言いそうだもんな。相手が君枝ちゃんだとしたら......どうだろう、言うかな。
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