部活を終え、自転車置き場まで部活の仲間とだるまになって歩いた。 殆どが自転車通学で、学区外から通学している私は電車通学をしている。 「一回戦、二回戦あたりまでは何とか楽勝で行けそうな雰囲気だよねー」 「そうやって余裕こいてると、負けるんだから」 仲間の油断した言葉に、博美は喝を入れた。夏からのキャプテンは間違いなく博美だ。 「そいじゃ、また明日」 私はその集団から離れ、駅に向かった。
目の前に、今日消しゴムを探していたあの背中があった。 「おーい、賢太郎」 振り向きざまに賢太郎は右手をひらりとあげた。 賢太郎と私は同じ中学の出身で、学区外通学者であるため、電車で見かける事は時々あったが、こうして帰宅が一緒になる事は珍しい。 何しろ男バレは、部活後のミーティングが長いから、帰宅時間がかち合わないのだ。 「早いじゃん、ミーティングは?」 「今日先生が休みでさ。珍しく風邪だって。鬼のかく乱ってやつだ」 賢太郎の隣に並ぶ。やっぱり、照れる。このまま自宅の最寄駅まで一緒に帰る事を考えると、更に照れる。 「お前今日もすげぇの打ってたなぁ。ボカスカ」 右手首のスナップを利かせて見せた彼に、私は少しむくれた。 「ボカスカって、殴り合いじゃないんだから。あれはトスがいいんだって」 博美のトス捌きは本当に素晴らしいと思う。打つ人間に合わせて、高さ、位置、タイミングを調整してあげてくる。 「確かに、谷口のトスっていいよな。俺も打ってみたいもん、あいつのトス」 博美が羨ましかった。セッターとスパイカーのペアはあっても、どうあがいてもスパイカー同士のペアってのは、ない。 「お前、スパイク打つ瞬間、口、開いてんぞ」 全身の血液が顔に大集合。炎が立つかと思った。そんな所、見られてるとは。 何か反撃してやりたいとは思うのだが、材料が見当たらない。何しろ惚れているのだから。
「あ、消しゴム、ねぇ消しゴムのおまじないの話って、知ってる?」 私は強制的に話を変えた。今日賢太郎が焦っていた、この話題に。 「あぁ、何となく周りが話してるから知ってるけど」 明らかに、先程とテンションが変わった。こいつ、やってるな。 「もしかして、賢太郎も......」 「やってないし。俺、そういうの信じないし」 それにしては少し顔が赤らんでいるのは気のせいだろうか。いや、気のせいではない。目線が定まっていない。これ程までに狼狽をひけらかすバカがこの世に存在するとは。可愛らしいではないか。 「お前こそやってんだろ、人の事ばっかり攻撃しやがって。女子ってそういうくっだらねぇ事が大好きだもんなー」 「は?やってないし」 私はカチンと来て、証拠を見せてやろうと鞄から黒いペンケースを出した。 「もうちょっと女らしいペンケースがないのかよ」 「うるさい」 やり取りをしながら、消しゴムを取り出す。 「見てみろほれ」 紙のケースから抜き出される事に抵抗する消しゴムを、何とか抜き出した。 「ほら、真っ白で......」 裏に反したその面には赤いペンで「賢太郎、早希」と書かれている。 ご丁寧に、ハートマークまで付けて。 「何これ......」 私は足を止めて消しゴムを見つめた。電車が一本、通過していく音がした。 賢太郎に視線を遣り「何、これ?」と訊いてしまった。 賢太郎はぽつりと言った。 「それ、俺んだ......」 賢太郎は自分の鞄からズタ袋を出し、そこから消しゴムを抜き出した。 「これ、お前んだろ」 紙ケースから抜き出した消しゴムは、両面とも真っ白なままだった。どちらの消しゴムも、使い始めてそう時間が経っていなかった。 私は賢太郎から目が離せなかった。 「どうゆう事だい、賢太郎?」 「そういう事だ、早希」 賢太郎は私が持っていた消しゴムを分捕ると、自分が持っていた消しゴムを私に押し付け、ズタ袋ごと鞄に放ると、その場を足早に離れていった。その後ろ姿に向かって私は叫んだ。 「私も、私も消しゴムに、同じように書いておくから」 賢太郎は足を止めて振り返った。 「だから一緒に帰ろう。明日も男バレ終わるまで門で待ってるから。一緒に帰ろう。明後日も、その先も」 意を決して私は賢太郎に近づいた。彼は左手を差し出したので、私は右手を重ねた。
そこにあるって事に気づかなかった物が、幸せを運んでくる事もあるんだ。
|
|