十二月に入り、新しい仕事が始まった。 以前やっていた事と同じように、庶務、雑務が中心で、そんなに難しい事は無かった。 心療内科へ行くために早退する事も許されていた。 ただ、時給は低かった。食べていくのがやっと、という水準だ。
働き始めて数日経った十二月の初旬、男はやってきた。 首には見慣れないブランド物のマフラーが巻かれていた。 「仕事が決まったのか、良かったじゃないか」 男は春巻きを齧った。 「お前が作る春巻きは、絶対に中身が飛び出さないんだな」 まるで誰かが作る春巻きと比べるように言うその言葉に、怪訝な表情を隠しきれなかった。 男はそれに気づいたのか「うちの母親がヘタクソだったんだ」と言った。 安心させようとしているのか、何かを隠しているのか、分からなかった。 「クリスマスぐらい一緒にいれたらいいなぁ」 シャワーを浴びた後にまたビールを呑みながら、そう言った。この癖はいつからついたのだろうか。付き合い始めてからずっと、お酒はセックスの後だったのに。 部屋の中は凍えるような寒さなのに、男はセックスで汗をかいた。 終わってからシャワーを再度浴びて出てきた。その頃にはエアコンで部屋は温まっていたが、それまではスカイがフクロウの様に丸まって暖をとっていた。 翌日男は「クリスマスに来れるようにする」と言って部屋を出た。 すぐに鞄の外ポケットから携帯電話を取り出し、何か操作をしていた。 私は部屋に戻り、カレンダーにピンクの丸を付けた。 次に男が来るのは多分――二月だ。
一週間後、勿論男は来なかった。 シチューは鍋にたっぷり作ってあったので、数日はシチューの日が続き、数日空いて、また土曜の夜にシチューだ。 隣の部屋から複数の男女の笑い声がする。耳障りな、甲高い声。 スカイはその度に身体をびくつかせていた。 音を遮るためにテレビをつける。バラエティはうるさくて好きではない。 おのずと、ニュース番組を選局し、リモコンをちゃぶ台に置いた。 缶ビールを開ける。 見知った顔が、テレビ画面の半分を覆った。 ハローワークで話しかけてきた、あの男性だ。右目の下にほくろがあるから間違いない。 「自家用車で51歳男性ガス自殺」 写真の下にはそう字幕が出ている。 あの人、自殺したのか――。 仕事、見つからなかったんだろうか。家族を持つという事は、非常に重い事だと思った。 すぐにテレビを消した。 途端に隣の部屋からの騒音が気になる。 そうか、今日はクリスマスイブか。勿論男は来ない。
身寄りのない私は、年末年始もこの家で一人、静かに過ごした。 隣の部屋の若者は実家にでも帰ってるのだろう、物音一つしない。 テレビを見ていてもくだらない特番ばかりで、見る気が起きない。 結局、インターネットでニュースを見たり、料理のレシピを調べたり、男の事を考えたりして正月を過ごした。 男は今、誰と、どこで、どんな風に正月を過ごしているんだろうか。 思考は悪い方へ悪い方へと傾いていく。 全ては病気のせいにする。
仕事がある事だけが救いだ。 仕事中、やはり男の事を考えてしまうが、睡眠がとれている分、居眠りする事は無くなった。 幸か不幸か、それ程忙しい会社ではないので、ぼーっとしていても誰にも咎められない。 一月の殆どの夕飯を、シチューで済ませた。時々ルーと肉を変えて、ビーフシチューにしたりした。 それでも男は来なかった。 急ぎ足で一月が過ぎ去って行った。
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