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作品名:キャッチ・アンド・リリース 作者:SO-AIR

第18回   18
.35 重々承知


 入社3年目に突入した。いつの間にか後輩が増えたが、殆どが大学院を卒業した年上の後輩ばかりで、扱いに困る。とりあえず、敬語だ、敬語。

 毎年7月に行われる野外ロックフェスティバルに、今年も行く事にした。将太の分と2枚のチケットを確保した。
 3日間行われるフェスだが、去年は1日目、将太が仕事になってしまい、私は1人新幹線で現地に向かい、同じくフェスに参加していた浅田さんとその同僚さん達、そして彼氏と来ていたタキと合流し、一緒に盛り上がった。今年はどうなる事やら。
 とりあえず今年も参加する事をつらつらとブログにアップした。

 その後、SNSサイト経由でメールが来た。
 ハルさんというその人は、今年初めてフェスに参加するという。情報交換しましょう、という気軽なメールだった。
 その後何度かメールのやりとりをしたが、その中で、私が小学生の頃に同級生だった「福島君」と、ハルさんと一緒にフェスに来る男性が同一人物だという事が判明し、一気に距離が縮まった。
 「世間は狭いですね」
 そんな話になった。


 「浅田さんはフェス、今年も行くんですか?」
 「行くよ、まぁ1日目だけ行って、べろべろに呑んだくれて、翌日温泉に入って帰るっていうおっさんプログラムだけどね」
 「いいじゃないですか、おっさん上等っすよ。また乾杯しましょうよ」
 浅田さんは洋楽が好きで、バンドをやっていた経験もあり、音楽の話で盛り上がる事が出来る、社内で唯一の人なのだ。勿論、エロの話でも盛り上がる訳だが。


 バンドのスタジオリハが終わり、タキが家に遊びに来た。
 「散らかっとるなぁ、あんたの部屋」
 「まぁね、ギターいじり始めるともうダメだよね。シールドだのエフェクターだのがその辺に転がるし。まぁあんたの部屋も大概だけどな」
 私もタキも、お片付けは苦手だ。

 「そんで話とは何だね?」
 「実はさ、将太のメールを見ちゃったんだよ」
 キッチンカウンターに並べた2つのグラスに麦茶を注ぎながら言った。水が跳ねる音がする。タキは目をランランに輝かせながら「何があった?」と言う。人の不幸は何とやら。
 「女の名前と女の裸、将太の局部の写真、待ち合わせのメール。以上」
 「あんた達、お互いそういう事やってんのね」
 麦茶をドンとテーブルに置くと、中身が跳ねて、テーブルに水玉を作った。

 「私は写真なんて送ってない。サトルさんの局部の写真なんて送られてきても引くわ。50キロ後ろまで引くわ。それと私に対する不満もつらつらと書いてあったね。」
 タキはグラスに口を付けたまま私の顔をじっと見た。そして言った。

 「別れたら?」
 んふっ、とつい破顔してしまった。
 「そう簡単に言うな。戸籍にバツが付くんだぞ。因みにもう一つ付け加えておくと、ママから40万もお小遣いを貰った事も発覚した」
 リビングのガラスケースに飾られた数多のフィギュアをじーっと見たタキの口から出た言葉は、先程と同じだった。
 「別れたら?」

 何故40万も必要になったのかと訊かれたので、家賃の事を話した。
 やはり「別れたら?」と言われるだけだった。
 「だって、金遣いがそれだけ荒いんじゃ、この先子供だって作れないでしょ。生活できないもん。
 つーか、お互い不倫してるようじゃ、子供が出来ないどころか、別の所で子供が出来ちゃうかもしれないじゃん」
 「そうだよね、一緒にいる意味が、意義が、見いだせないんだよ」
 麦茶が入ったグラスに視線を落としたままそういうと、タキがソファの隣に移動してきた。そして肩をポンと叩いた。

 「前に言ったよな。別れることになっても、我慢する決断をしても、私はあんたの味方だ。だから思うように行動してみなさい」
 「前にも言ったよな。お前超いい奴」
 そう言って目を細めた。勿論、笑える話ではない。



.36 花魁


 珍しくサトルさんが、「仕事で横浜まで行くから、横浜で会わない?」とメールをしてきた。勿論断る理由もなく、承諾した。
 
 白いスキッパーシャツにデニムを履いていた。もう坊主はすっかりやめたのか、この日も短髪だった。丁度スタジオリハの日だったので、「悪目立ちするから」とギターをコインロッカーに預けた。
 「どうする?どこ行く?」
 身軽になった身体でぴょんぴょん跳ねながら訊いた。
 「そうだねぇ、ゆっくり話せるところがいいね。ご休憩でもします?」
 ご休憩?暫く考えて、あ、ラブホテルの事か、と合点がいった。
 「あぁそれなら西口だね」
 珍しくセックス無しに、純粋に会ってお茶して、というのを想像していただけに、ちょっと残念。話すだけならその辺のカフェだっていいのに。

 派手派手しい看板が並ぶ、いかがわしい界隈で、ちょっと和風なラブホテルに入った。
 「部屋はどこでもいいよね」
 と言って、1番安い部屋のボタンをサトルさんが押した。キーを受け取りエレベーターに乗る。何だろうこの感じ。完全にセックスしに来ましたって感じだな。ラブホテルって苦手。
 外観は洋式のドアなのだけれど、中に入ると部屋は畳敷きで、少し大きめの布団に、行燈のような赤い明りが灯っている。和風なエロ。浴衣まで置いてある。お代官様プレイも出来ちゃう。ソファは無く、座椅子とちゃぶ台が置いてある。そこにバッグと携帯を置いた。

 「ミキ嬢、一緒にお風呂入ろうよ」
 え、何この人っ。いつかの「膝枕」を思い出した。この人、時々デレるんだったか。私の返事も聞かずにばたばたと風呂場に行き、浴槽にお湯を張り始めた。恥ずかしいなぁと1人で顔を赤らめながら、座椅子の上に正座して待った。
 「俺、先に入ってるから、適当に入ってきて。何か汗かいちゃって、早くさっぱりしたいし」
 さっさと全裸になって、その辺に服を脱ぎ散らかして風呂場へ入っていった。
 私はその服を皺にならない程度に簡単に畳んで、1ヶ所に重ねて置いた。私はアンタのかーちゃんかっ。

 そして私も全裸になって、風呂場の戸をノックして入った。サトルさんは浴槽に浸かっていた。「どうぞ」と言われた。
 身体をシャワーで流し、勧められた通りに浴槽に浸かる。何なんだー、この絵面は何なんだー。

 「何か、恥ずかしい」
 「え、何で?」
 何でって、明るい所でお互いの身体を直視するなんて、そんな事は今まで無かったから。薄暗い部屋の中とか、電気を消した部屋の中とか――とにかくラブホテルでは、無かった。
 「いや、サトルさんとこういうの、初めてだし」
 恥ずかしがってるのは自分だけだという事を知って、更に恥ずかしくなる。恥ずかしいついでにもう一つ、訊いちゃおう。

 「あのさ、サトルさんは彼女いるの?」
 「いるよ」
 眩暈がし、視界が一瞬歪んだ。訊かなきゃ良かった。どうして訊いたんだっ、このタイミングで。何てあっさりと認めるんだっ。認めておきながらこの状況。有り得ない。
 「え、それでもこういう――セックスを――人妻とセックスするってのは、大丈夫なの?」
 「うーん、まぁこういう関係もありかなぁと思うよ。何で今更そんな話?」
 あれ?何で?何で私がおかしな事言ってるみたいな状況になってるの?
 「あ、そうだよね、うん。別に。」

 後ろから抱かれる形になった。あぁ、何と言われようが、好きな人に抱かれるのは悪くない。サトルさんが好きだ。もう、これは中毒だ。自分の中の矛盾は極力見ないようにした。
 「俺は、ミキ嬢とこうして逢って話してるの楽しいし、ミキ嬢の事は凄く大切に思ってるんだ。だけどミキ嬢が迷惑に思ってるんなら自重する」
 「いやそんな、迷惑だなんて思ってないよ。逆に彼女がいるのに、いいのかな、って」
 それはそれ、これはこれ、と言って立ち上がったサトルさんの言草が、何だか子供が言い訳してるみたいに聞こえて可愛くて、目の前にあるサトルさん自身にしゃぶりついた。

 それから身体を拭いて布団に潜りこみ、セックスをした。

 「旦那さんとは未だにセックスレスなの?」
 赤い照明に照らされた天井を仰ぎ見ながら、いつからしてないんだろうと考える。
 「もうかなり長く、してないね。彼も不倫してるみたいだし、そっちで解消してるんじゃないかな」

 サトルさんが一瞬、固まってこちらを見た。そして短い溜息を吐き、私を抱き寄せる。
 「旦那さんの不倫が分かっちゃったんだ。不倫するからには、バレないようにするのが礼儀ってもんだよね。ミキ嬢、辛かったでしょう」
 意外な心遣いに驚いた。サトルさんも気を付けてよ。その彼女とやらにバレないように。あぁぁぁ、嫉妬の炎がメラメラと燃える。
 「まぁ、人の事言えないからね。私もこうして、ねぇ。してるし」
 でもそんな風に優しく慰めてくれるサトルさんの言葉が嬉しいのです、と言って抱き付き返した。

 「彼女とは、長いの?」
 進んで訊きたい事ではなかったが、訊いておきたい好奇心に駆られてしまった。
 「全然、まだ付き合い始めたばっかり。高円寺のカフェの店員さんだったんだ」
 「へぇ」
 あ、やっぱり訊かなければ良かった。別に知りたくなかった。どちらから言い寄ったんだろう。あぁ、とても悔しい。自分はさっさと結婚しておきながら、サトルさんに彼女がいる事が狂おしい程に妬けてくる。

 部屋を出る前に清算するシステムだった。ここは「半分出すよ」と私が言って、サトルさんに「いいよ」と言われたら引くのが正解だな、と思い、半額を握りしめて「はい」とサトルさんに渡すと「あ、うん」と言って受け取った。
 あ、受け取った。そうなんだ、割り勘なんだ。え、ホテル代って割り勘なの?そういうものなの?


 その後2週間ぐらいで、またサトルさんから「会いたい」とメールが来た。待ち合わせ場所は、鶯谷駅の東口だった。
 鶯谷と言えば、ラブホテル街がある事ぐらい、私も知っていた。あぁ、また身体を求められるんだ。そう思った。

 案の定、鶯谷駅から歩いて数分、ラブホテル街の一角に部屋を取り、セックスをした。
 何か急いている感があり、初めて抱かれたあの日とは比べものにならないぐらい、乱暴だった。珍しい事に「言葉攻め」をされたり、淫乱な言葉を要求されたりした。
 私の陰部を舌で弄んでいる途中で、部屋の電話が鳴った。
 「何だよ、クソッ」
 怒りの感情を露わにした。彼女と――彼女と何かあったんだろうか。勿論そんな事は聞きたくなかったので、黙っていた。

 とにかく、いつものサトルさんではなかった。それともこれが通常のサトルさんなのか?
 会計では半額を要求された。これが当たり前なのかと思った。


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