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作品名:キャッチ・アンド・リリース 作者:SO-AIR

第12回   12
.23 すべりだい


 「小島さん、今メール送りました」
 私の所属する研開1の上司にそう言い、業務に戻る。数秒後、期待通りのリアクションが来た。
 「えぇぇぇぇっ?」
 小島さんの絶叫が響いた。私の「結婚・婚姻届」(勿論社内用)を読んだからだ。
 「な、中野さん、結婚するの?」
 ざわっと室内がどよめいた。
 「あ、はい」
 周囲で「いくつだっけ?」「まだ20幾つでしょ」「彼氏いるんだっけ?」ひそひそと会話が進んでいくのが聞こえる。
 既に伝えてあったさいちゃんは、涼しい顔で仕事を続けている。
 「全く、結婚ひとつでガタガタうるせぇなぁ」
 不機嫌全開でパソコンに向かって呟く私にさいちゃんが言った。
 「まだノッチは若いから、そりゃ驚くだろ」

 なかのっち、略してノッチ。そう、ノッチはこの部屋の中で最年少なのだ。わはは。
 「午後には色んな人に知れ渡って、その度に相手は?とか訊かれて、いちいち答えないといけないんだよな。めんどくさっ。さいちゃん、影武者にならない?時給払うから」
 女性が多いからなのか、噂が伝わる速度が光の速さ並みなのだ。今日の話が今日中に広範囲に伝わってしまう。
 予想通りだった。午後、私のもとに訪れる人が数人。メールを送ってきた人が数人。通りすがりに話しかけてきた人が数人。その度に同じ事を訊かれ、答える。

 「ノッチが結婚するだなんて、俺は生きていけないよ。」
 研開2の小野さんがそう言いに来た。嬉しいような、嬉しくないような。
 「結婚しても苗字が変わるだけですから。また飲みに行きましょうよ。小野さんのピンサロ紀行もまた聞かせてください。」
 小野さん、さいちゃん、研基の浅田さんと私は飲み仲間であり、昼仲間だ。毎週水曜日は「定例会」と称して昼休みに下ネタつきの恋愛談義に没頭する。


 親への報告も、一般的な「嫁にはやらんぞぉぉー」なんていうドラマティックな展開にはならなかった。将太と2人、親の前で正座をして沙汰を待った。しかし「2人がいいならいいんじゃない?」という、まぁ良く言えば子供を信用しきっている、悪く言えば無責任という感じで終わった。
 当面は職場の近くにアパートを借りて2人で住む事になった。私は職場が近くなったので、朝少し寝坊が出来る事、そして苗字が「小岩井」に変わった事を除いて、他にはあまり変わりがなかった。

将太は相変わらず仕事が忙しく、夕飯の時間にはまず帰ってこないので、夕飯を作る必要もなく、朝はコンビニでご飯を買って会社で食べる。平日は全く顔を合わせない。
 何のために結婚したのか、いまいち自分でも分からない。土日に仕事が無ければ(私は無いのだが)、買い物に行くぐらい。あれ、これって結婚前と何も変わってない。先日はやっと、結婚指輪を買いに行った。結婚式は気が向いた時にする事にした。
 「家庭を持てば仕事も楽になるかも」なんていう夢は、夢でしかなかったわけだ。残念だな、将太。



.24 シンクロ


 さっさと仕事を終わらせて、「小岩井」と書かれた表札の玄関を開ける。勿論誰もいない。鞄をぽいっとその辺に投げ、お尻のポケットから携帯を取り出す。メールが2件。
 2件目の名前を見て驚いた。サトルさんからだった。すぐに開く。

 『やあ、元気にしていますか?
 俺は新しい仕事の都合で東京に越してきました。高円寺です。前に住んでいたアパートに比べると、段違いの広さですが、さすがに1人では少し淋しいです。
 ミキ嬢は何か変わりはありましたか?新しい仕事はどうだい?
 何だかメールもろくに送らないままで、1年も経ってしまったね。気が向いたらメールください。』

 サトルさん、東京にいるんだ――。1件目の知らないアドレスからのメールは開封せず、さっさと返信メールを送った。

 『こんにちは。だいぶ久方ぶりになりますね。仕事を初めて2年目になりますが、結構自由な雰囲気の仕事場で、のびのび仕事をしています。
 サトルさんは東京にいるんですね。会おうと思えば会える距離ですね。新しい家に是非、お伺いしたいものです。
 だんだん暑くなってきましたね。エアコンのかけ過ぎで体調を崩さないように、気を付けてくださいね。それでは。』

 サトルさんが東京にいる。逢いたい。そればかりが頭を占拠していた。
 広い家で1人で仕事をしてるんだろうか。彼女が出入りしているんだろうか。彼女いるんだろうか。私は逢いに行ってもいいんだろうか。
 暫くして落ち着いたところで、もう1件のメールを開いた。

 『原田です。電話を借りた原田です。先日のお礼にご飯でも食べに行きませんか?あと、映画の趣味が合いそうだったから、おすすめの映画、観に行かない?という訳でメールしてみました』

 この人は何遍お礼をしたら気が済むんだろう、と思わず吹き出してしまった。
 わざわざお礼の為にこちらに来る訳もないので、きっと友達の所に行くついでにでも、って事なんだろう。一応誘いには乗っておくことにしよう。

 『メールありがとう。もうお礼はいいと言ったのに。でも映画ならいいですよ。今度こちらに来る時があれば事前に連絡ください。予定合わせますので。では』


 水曜日の定例会。私は「好きだった人から連絡が来た」というネタを出した。

 「好きで好きで、身体の関係もあったんだけど、好きって言えないまま付き合いもしなかったんですけどね。今東京に住んでるって連絡が来て」
 浅田さんが机をバシッっと叩いて言った。
 「それは浮気じゃなくて不倫になるぞ。ノッチは結婚したんだからな」
 「まだ誰もヤるなんて言ってないじゃないすか」
 苦笑する私を浅田さんはキッと睨んだ。ひえぇ、怖い。絶対ドS。
 「まぁでも、そういう関係だったんだったら、会ったらヤるだろうな」
 さいちゃんが、さらりと言った。さいちゃん自身、人妻と一晩限りの関係を持ったり、本当は男3人兄弟なのに「妹が5人いる」等と言い、平気で5股も掛ける男なのだ。社内でも浮名を流した事がある。イケメンは大変だ。

 「ノッチはヤりたいの?その人と」
 小野さんは興味津々な顔を隠しきれないという感じでニヤついている。
 「何でヤる事前提で話しが進んでるんですかね?まぁでもヤりたいですね。大好きだし、凄い良いんですよ」
 何が良いんだよっ、と笑いに包まれたが、良いと言ったら、そういう事だ。小野さんに至っては「俺、ムラムラしてきた」と暴走。

 保守派の浅田さんは私を引き留めようと必死だ。アンタは私の親父か。
 「旦那にバレたらどうすんの?」
 「バレないようにやります」
 「いや、万が一バレたらまずいでしょう」
 「万が一にもバレません。私が誰に会ってようが過干渉しない約束なんで」
 さすがノッチだなぁ、と小野さんと浅田さんが声をそろえて言ったので爆笑した。
 「さいちゃんの方がよっぽど悪どい事やってますよ、五股ですよ?股間噛み千切られてしまえって感じですよ」
 そこからはさいちゃんの話に移った。


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