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作品名:ふたつの心臓 作者:SO-AIR

第6回   6
.11 志保


 しくじったなぁ。口角の傷にばかり目が行って、痛みも何もない二の腕に気が回らなかった。
 赤みが引くまで暫くは、長袖で過ごさないといけない。
今迄は表立って見えない部分に傷を付けられる事はあっても、見える所への攻撃は無かった。まぁ、ビンタは初めてじゃなかったけど。

 鈴宮君とお茶をした1件から、暴力がエスカレートしつつある。
 私と明良、2人の問題で済ませられるならそれでいい。私が我慢すればいい。そう、少し我慢すればいいんだ。

 だけど、見える部分に傷が出てくると、彼を庇うにも限界が出てくる。未だひりつく口角の痛みに顔を顰めながら鏡を見る。化粧を落とすとまだ傷口はぱっくりと開いている。
 二の腕に目を遣る。明良の指の痕がくっきりとついている。怨霊に祟られているとか、そんな理由で逃げようか。憑き物がぁーとか言って。

 鈴宮君の、ただならぬ顔を思い出す。かなり驚いていた。
 口角が切れる程、腕に痕が残るほどの暴力を振るう男と同棲している。確実にそう思われている。
 これから明良の暴力がどうか、目に見えない部分に集中しますように。
 そのために私は、色々と行動に気を付けないといけない。まずは殴られない事。


 7月に、社内のグループでバーベキューをやる事になっている。
 何も考えずに「参加する」と言ってしまったが、明良が何と言うか。
 家族を連れてくる上司もいる事だし、いっその事明良も連れて行くか。口角の傷にオロナインを塗りながら考える。

 ガチャっと玄関のカギが開く音がした。今日は残業で、夕飯を済ませてきた明良が帰宅した。
「お帰り。お疲れ様」
「ただいま。あぁ、口のとこ、酷いね」
 鞄も置かずに私に駆け寄り、両手で頬を包み、親指で口角の傷に触った。
 そのままキスをされた。唾液がしみて、傷が痛かった。
 二の腕の痕について何か言おうと思って、やめた。

「来月、職場でバーベキューをやるんだけど、明良も行かない?一緒に。」
「え、何で俺が?」
 ネクタイを外しながら明良は怪訝な顔をした。
「だって上司だって家族連れてくるし、同棲してる彼氏なら連れてってもいいんじゃないかなって思って。私が1人で参加するよりは、いいでしょ?」
 鏡を見ながら傷口にもう1度オロナインを塗りなおす。さっきのキスで剥がれてしまった。
 傷口を舐めるなんて、不潔極まりない。オロナイン味のキスだったのは、私からの細やかなお仕置きだ。

 暫く明良は何か難しい顔で考えていた。
「んまぁ、良いけど」
「よし、決まり。じゃ、幹事さんに伝えておくから」
 意外とすんなり決まったな。恐らく――鈴宮君への牽制の意味を含めての参加だろう。
 それでもいい。明良が安心してくれるなら、明良と私の歪んだ関係が周囲に露呈しないなら、それでいい。



.12 明良


 バーベキューだって?俺は参加する気はなかった。今までの俺なら参加しなかっただろう。
 貴重な休日を、何だって彼女の会社の同僚と、気を遣いながら過ごさないといけないんだ。そう思っただろう。
 しかし志保から話を持ちかけられ、考えた。
 あの、鈴宮とか言ったか?あいつがどういう了見で俺の志保に手出しをしてるのか、確認できる良い機会だ。なので俺は了承した。
 
 俺と志保は一心同体みたいな物だ。どちらかが欠けたら生きていけない。その間には、何人たりとも挟む事は許さない。
 俺と同じ境遇の幼い志保を、初めは「可哀想だ」と思って、頻繁に声を掛けていた。
 茶色い瞳で俺の目をじっと見て、「一緒にいてくれる?」なんて言われたら、小学生のガキだった俺だってたまったもんじゃない。
 小学生以下は同じ部屋で寝ていたから、俺は必ず志保の隣を陣取って、手を繋いで寝た。先生達はそれを見て「実の兄妹みたいだね」と言ったものだ。
 俺はただ、大好きな志保と少しでも離れたくなかったから手を繋いでいたのだった。それに、先生は知らない。

 志保は入所して暫く、狸寝入りで先生を欺き、夜中に母親を求めてしくしくと泣いていたのだ。
 俺だって同じ気分になった事がある。こんな奴を放っておけなかった。
 大学までは施設から通っていたし、女子大だったから、あまり他の男に誑し込まれる事に心配はなかった。
 いつだったか、志保に告白をした男がいた。志保はその場で断ったらしいが、相手は諦めず再度告白をしたらしい。俺はブチ切れて、そいつを殴りに行った。それ以来、奴は志保に近づかなくなった。
 時間の経過と共に、志保が女友達と一緒にいる事ですら好ましく思えなくなっている自分がいた。
 今思えば少し、やり過ぎだったと思う。

 本当は今だって、志保には家にいて欲しい。専業主婦として俺の帰りを待っていて欲しい。
 しかし俺の稼ぎはお世辞にも多くない。
 それに、施設史上ナンバーワンと言われた秀才の志保が、大学まで卒業して仕事に就かない訳がない。そこは俺も譲った。

 だが、職場での行動を俺が監視できる訳も無く、鈴ナンタラという男と一緒にいる所を目撃してしまった。
 きっと志保とは何の関係もない、ただの同僚なんだと理解している。
 だが心配で心配で、志保が俺から離れてしまうのではないかと思うと心配で、気づくと彼女に暴力を振るい、そして泣きながら謝罪し、縋る俺がいる。そして俺を慰めてくれる志保が隣にいる。

 いびつな関係だ。そう思われても仕方がない。それでも俺は、志保を俺に縛り付けておきたいんだ。


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