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作品名:ふたつの心臓 作者:SO-AIR

第16回   16
.31 明良


 またアイツとあそこにいたな。俺と目を合わせておきながら、知らない振りをしたな。
 アイツは俺に喧嘩を売ってるのか。どうせなら病院でボコボコにしておくんだった。
 俺の志保に、2度と触れない様に、触れられない様にしておくんだった。

「ただいま」
 いつもより小さな声で志保が部屋に入ってきた。
「お帰り。お茶会は楽しかったかい?」
 一呼吸あって、志保は返事をした。
「うん、まぁ」
 上着を脱いでハンガーに掛けた。俺は志保の後ろに立ち、後ろから抱いた。
「何すんの」
 志保は横目で俺を睨んだ。こんな目は初めて見た。俺は少し動揺した。
「鈴宮に調教でもされたか?あァ?俺の存在は無視して茶ァしばいてたのか?どうなってんだ?」
 抱いていた腕を首まで持ち上げ、その細くて白い首に手を巻き付けた。少しずつ力を込めた。
「あんなへなちょこの何がいいんだ?言ってみろ」
「っがっ、あっ」
「死んで俺の隣で一生暮らすか?時々鈴宮にも見せてやるか?」
「っぐぅっ――」
 暫くして手を離すと、志保はその場にへたり込んだ。
 こちらが油断をした隙に志保はバッグを手に取ると玄関へ走って行った。
 すぐに追いかけ、シャツの首を捻り、居間まで引き摺った。
 志保を仰向けに寝かせ、馬乗りになり髪を掴み、床に頭をゴンゴンと5回打ち付けた。
 志保は暫く俺を睨んでいたが、4回目で目を瞑った。だらしなく涎を垂らしている。
「お前は俺の横が似合ってるんだよ。誰の横でもないんだよ。俺の横なんだよ」
 そう言うと、志保が何度かまばたきをしながら目を開いた。
「私は明良の専有物じゃない。私は明良がいなくても生きていける。明良以外にも必要な人が沢山いるの。私を必要としてくれる人も沢山いるの。だからもうやめて。こういう事するの、やめて」
 珍しい口答えをするもんだと思い、口を口で塞いでやった。そしてもう1度首を絞めた。
 「今まで俺がお前にしてやった事は無意味だって事か?お前は俺に依存してたくせに、今になって必要ないだと?寝言は寝て言え。俺がいない世界なんて想像できないだろ」

 必死に呻き声をあげている志保に欲情してきた俺は手を離し、馬乗りの姿勢のまま下にずれ、スカートの中の下着をずりおろした。
 その瞬間、志保の足が俺の股間を直撃した。
 俺は壁に吹っ飛ばされ(志保の身体にこんな力があった事を知らなかった)得体のしれない物が込み上げてくる気持ちの悪さに卒倒しそうになり、逆に俺が呻き声を上げた。
 その隙に志保は、玄関に散らかっていたバッグを持って外へ出て行った。

 行先は大体見当がついている。とりあえず俺は股間の痛みが止むまで、壁に凭れていた。さて、どうやって俺の志保を取り戻そう。アイツから。


 壁に凭れたままで暫し考えた。
 アイツの、鈴宮の居所を掴めないだろうか。志保は鈴宮を頼って逃げたに違いない。
 何か住所が分かるような、連絡網――。在処が分からない。
 あとは――そうだ、年賀状だ。几帳面な志保は、毎年年賀状を綺麗にファイリングしていた。その中にあるだろう。
 未だ重ったるい股間の痛みに顔を歪めながら立ち上がり、書類が入ったカラーボックスからファイル類を乱暴に床にばら撒いた。
 今年の年号が掛かれた葉書サイズの黄緑のファイルを見つけた。
 表紙を開けると、事もあろうにアイツの年賀状が1番初めに入っていた。
 その事が酷く気に入らず、志保が帰ってきたらコレをネタに詰ってやろうと思った。
 住所の検討は大体つく。あの辺にあるデカいマンションだ。部屋番号505を頭に叩き込み、携帯と財布をデニムの尻ポケットに突っ込み、外に出た。

.32 志保


 兎に角必死で走った。
 畳に頭を打ち付けられただけなのに、頭がガンガンするのは何故だろう。首を絞められたことが原因?
 足元もフラフラする。それでも走る。
 明良に下着をはぎ取られてノーパンだったけど、そんな事は気にしていられない。あのままじゃ絞殺されかねなかった。
 走って走って駅を越えて、更に走って辿り着いたマンションのオートロックキーで505を押した。電話の様な呼び出し音が無機質に鳴る。
『はい』
「ハァ、あのっ、あー」
『今開ける』
 ガチャっという金属音がした。開錠されたのだろう。
 横にあるドアを押し開けてエレベータに駆け乗り、5階へ上った。
 玄関の前で鈴宮君が手を挙げていた。
「入って、話はそれから」
 そう言って私の背中を押してくれた。走って温まった身体にも、彼の掌は温かく感じた。

 中に入ると布団が丸めて置いてある、地味な部屋だった。
 後から明良が追ってくる様な感覚を覚え、身体がガタガタ震えた。
「来ると思ってた。首、凄い痕だよ、何された?」
 顔を真横にして鈴宮君は、私の首を覗き込んでいる。
「首、絞められた。殺されるかと思った。そのまま頭打ち付けられて意識が遠のいて、意識が戻ったから言いたい事言ってやったら、犯されそうになって、股間蹴って走ってきた」
 震える肩を両手で押さえてくれた。掌の温かさが肩から染み入る。
 「上着も着れなかったんだ。寒かったでしょ。手もこんなに震えてる」
 今度は手を握りしめてくれた。寒さで震えてるのか、恐怖で震えてるのか、今では分からない。その場にへたり込んだ。
 とりあえず落ち着こうか、お茶でも、と言って鈴宮君は戸棚からグラスを2つ手にして冷蔵庫を覗きこんでいる。
 首をかしげている。何かを探している仕草だった。
「水でもいい?」
「うん、水でいい」
 床に相撲雑誌が置いてある。
「相撲、好きなの?」
「あ、まぁね」
 沈黙。意外な趣味だな、と酷く冷静な自分が思った。

 それより明良だ。あの人は多分、何とかしてここを突き止める筈だ。何とかして住所を――そうだ、年賀状があった。年賀状に書かれた住所でここを突き止めるに違いない。
「ここにいても、すぐに見つかっちゃうと思う。どうしよう、他に逃げた方が――2つ先の駅に友達の家があるんだけど」
「大丈夫、ここにいれば大丈夫だって。オートロックもあるし」
 随分と古臭い事を言ってると思った。オートロックなんて、誰かが開けた隙に入り込むのが常套手段だ。非常口が開いているなんて場合もある。
 鈴宮君は意外と楽天家で相撲好きなのか。
「あとね、私――ノーパンなの」
「それ、今言う事?」
 水を入れたグラスを2つ持って来た鈴宮君が、その足を止めた。
「いや、ちらっと見えた時にそういう趣味だと思われないように。さっき出てくる直前に脱がされたの」
 ぷっと吹き出すのが聞こえた。
 努めて明るく振舞ってくれているのか何なのか、やたらと余裕をかましている鈴宮君が憎たらしい。
「後で俺のボクサーパンツで良ければ貸すから」

 その時、ドン、ドンと何かを叩く音がした。
「何?」と鈴宮君を見ると「お隣さんじゃない?」と答えた。
 ドン、ドン、と何度も音がする。ドン、ドン、「オーイ、いるんだろー」ドン、ドン。
 ヒッと息を吸い込んだ。喉までせり上がった熱いものが、空気の出入りを邪魔して呼吸を困難なものにする。明良の声だ。
「どーなってんの?何で明良が隣のドア叩いてんの?」
 鈴宮君は首を傾げる。
「さぁ、何でだろう、部屋番間違えてるんじゃない?彼って慌てん坊なの?もう少ししたらお隣に訊いてみようか」
 ドアを叩く音が止んだ。明良が誰かと何かを話している声がする。内容までは分からない。
「そろそろかな。ちょっと待ってて」
 鈴宮君は携帯を持ってベランダに出た。誰かに電話をしているらしい。
 私はそわそわ落ち着かず、玄関を見たり、鈴宮君を見たりしていた。

 携帯を持って鈴宮君が戻ってきた。表情に何か余裕の様な物が見て取れる。
「良い事教えてあげるよ。ここ、俺の部屋じゃないんだ」
「えぇ?」
 ドン、ドン、という音が今度はこの部屋のドアからする。
「おーい、志保出せよ。俺の女匿ってんじゃねーよ。出せよ。すーずーみーやー」
 低く唸るような声で話す明良の声に、私は再びガタガタと震え始めてた。
 もう、そこまで来ている。バレている。
 ドンッとそれまでとは違った音がした。ドアを蹴っている。その度にドアポストの扉が揺れる。
「どうしよう、鈴宮君、どうしよう」
「大丈夫だから、もう少し待って、もうちょっとしたらドア開けるから」
「え?開けるの?」
「だって『鈴宮君』って呼んでるから」
 鈴宮君はちらちらとベランダの外を見ている。
 私は布団の横で小さくなって、鈴宮君の一挙手一投足を見ていた。
 鈴宮君の考えてる事が分からない。
 震えが止まらない。全身の血の気が失われて、指先まで真っ青になっているのが自分でも分かる。
 鈴宮君が、布団の上に置いてあった毛布を私の肩にふんわりと掛けてくれた。
 明良の声が恐ろしい。ドアを蹴る音が恐ろしい。
 毛布をギュッと掴んで、その手で耳を塞いだ。

「さて、そろそろ開けますか。志保ちゃんはそこから絶対に動かない事。俺を信じて」
 私の言葉なんて一切聞かず、そう言い残して鈴宮君はドアに近寄って行った。
 ドアの鍵をカチャリと開ける音がすると同時に、勢いよくドアが開いて明良が入ってきた。
 入るなり鈴宮君の胸倉を掴んで思いっきり殴った。
 吹っ飛ばされそうになるのを壁に手をついて必死でこらえて立っている。
 細い廊下は、明良の侵入を防ぐには好都合だろう。
 しかしこのままでは鈴宮君はボコボコにされる。
 その後ろで震えているしかない私は、明良に再び連れて行かれる。
「おい、志保返せよ、おれの物だよ」
「はぁ?いつからお前の持ち物になったんだよ。持ち物には名前書けって、先生に習わなかったのかよ。俺、気に入ったから拾っちまったよ」
 もう1発殴られた。それでも鈴宮君は立っている。
 私の所へ明良を至らせないように、狭い廊下で必死に壁を作っている。
 鈴宮君が何故こんなに挑発するような事を言うのか分からない。自分の首を絞めている様な物だ。
「そこどけよ。もう1発ヤるか?」
「ヤるって何だよ、俺そういう趣味ねぇから」
 骨と骨がぶつかる音がした。白い壁に赤いものが飛んだ。今までの二発より更に強い力で殴られたに違いない。
 それでも鈴宮君はそこをどかない。

 俄かに外が騒がしくなった。


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