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作品名:ふたつの心臓 作者:SO-AIR

第1回   1
.1 志保


 薄暗く、1年中埃っぽく、湿り気を帯びている物置部屋。新年会、お花見、子供の日、プール、お月見、ハロウィン、クリスマス。1年のイベントに使う道具の数々が、あちこちに散乱している。

「心臓が左側だけにある理由、知ってる?」
 明良(あきら)が私の目じっと見つめながら言った。
「知らない」
 明良はその細くしなやかな両腕を私へ伸ばし、抱き寄せた。
「こうすると、右と左、両方に鼓動を感じるだろ。足りない分を補うように、神様が片方にしかつけなかったんだよ。」

 カーテンの隙間から見える月は、冬の澄んだ空気のせいで、一際輝いて見えた。
「俺が、志保の右の心臓になる。俺が志保を一生大切にしていくから。絶対に守るから。」
 そう言って、中学1年の冬、私と明良は初めて繋がった。愛し合った。



.2 令二


 入社して丁度1年が経った。俺は1年目と同様の部署で、同様のグループで、同様の仕事を引き続きやっていく事になっている。
 3月の終わりまで俺の隣に座っていた、禿散らかした万年部長が退職し、今その席は空いている。2階のグループから、同期の女子社員が課内移動してくる事に決まっている。

 玄田志保。見た目は小さく細く、まぁ美人の部類に入るのだろう。何に対しても動じることなくクールに受け答えする、クールビューティーという印象を俺は持っている。
 彼女は入社後に催された新人歓迎会で、毎年お馴染みなのであろう「彼氏、彼女は?」という質問に「彼氏と同棲しています」と堂々と答えた。それだけで「完成された大人の女性」だと感じ、それ以降志保ちゃん(ちゃん付けなんてして、彼氏に怒られないだろうか)にはおっかなびっくり接している、ケツの穴の小さい俺だ。

 そんな俺は、ちょっと顔が普通よりもイケてる事を良い事に(と、自分で言うのもアレだが、周囲からそう言われるので仕方がない)、今は地元の新潟に1人、そしてここ横浜に2人、女がいる。入社してすぐの同期会で志保ちゃんにこの話をしたら「人としてどーなの」と一蹴されたのを鮮明に覚えている。人として全否定。

「失礼します」
 大きな段ボールをひと箱抱え、その顔は殆ど見えないが、白衣に赤いスニーカーを履いている、いつもの志保ちゃんだった。俺はすぐに傍に行き、段ボールを持ってやった。「さすがモテ男、鈴宮令二、気が利く」などと含みを持った褒め言葉を投げられた。
 グループ全員が仕事の手を止め、志保ちゃんの言葉を待った。

「4月1日付でこちらに移動しました、玄田志保です。また1からの仕事となると不安ですが、昨年までの経験を活かして皆さんに早く追いつけるように、頑張ります」
 ウワァ、と歓声にも似た声が上がった。俺より3歳年下なのに、俺より全然しっかりしている。

 段ボールの中から書類やら文房具やらを取り出し、整理を始めた。周囲では「歓迎会はいつにするかねー」なんて声が聞こえてきた。
「隣になっちゃったな。災難だね」
「ね、お互い」
 冷たく淡々と言い放たれたその返答は、俺の心の臓を抉るように掠めて行く。「そんな事ないよ」という返事を、俺は聞きたかった。

「俺、仕事はきちんとしてるよ」
「そりゃ仕事までちゃらんぽらんじゃ困るでしょ」
「そうですねぇ」
「後で器具の場所とか、教えてくれる?時間が空いたらでいいから」

 そう言って、すっかり机の上は志保ちゃんのデスクになった。黄緑が好きなのか、ペン立もペンも手帳も、黄緑を基調としたものだった。彼女は上司がプリントしておいた、ここでの仕事内容に目を通し始めた。俺も仕事に戻った。

 こんなクールビューティな志保ちゃんだが、呑みに行くと結構気さくで、「人としてどうなの」等と言う苛烈な言葉を浴びせられる事もたまには(いや、結構な頻度で)あるが、それは少なからず俺に心を許してくれているという事だし、シャキシャキした歯切れの良い志保ちゃんの語り口に俺は好感を抱いている。


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