また14日が訪れた。 この日も仕事を終えてから、お花だけを買い、先月買ったお線香の残りを持って、墓地を訪れた。 人影は無く、墓地の隅にある彼女の墓石の前に立った。 この1ヶ月の間に誰かが来たのか、花はなくなっていた。 花とお線香を手向け、手を合わせ目を瞑る。 左の方から砂利を踏む音が聞こえた。ふと目を遣ると、リンだった。 「いると思った」 そう言ってリンは持っていたお線香にジッポで火をつけ、手向けて合掌した。 「お前と話せるのって、ここしかねぇんだよな」 そう言われた。 「この前は」と私は口を開いた。 「この前はろくに話もしないで帰ってごめん」 「あぁ、気にすんな」 煙草を1本取り出して、火をつけた。先月はついていた灯りは、蛍光灯が切れてしまったのか、暗いままだ。 暗がりに、蛍のようにポツリと煙草の火が灯る。 「無意識のうちに彼女を傷つけてたんだなって思うと、何か、自分を責めずにはいられないんだよね」 「でもそれは無意識だったんだ。彼女にわざと刃を向けてた訳じゃねぇよな」 ふーっと長く煙を吐いた。煙は線香の煙と同じ方へ流れて行った。 「気づいた時に、すぐ言えばよかったって後悔してる」 「あぁ」 「気づいて、ちょっと様子を見てたら、階段を転げ落ちるみたいにあっという間にこんな事になって」 墓石を見た。彼女はここに眠っている。 「今後もリンと仲良くやっていくにしても、どうしても彼女の事が足枷になる」 「こうやって一緒に、毎月墓参りに来よう。季節の花持ってさ」 月明かりに照らされる事で、リンの顔が頬を緩めている事が分かる。 「中田さんね、リンの真面目で、一途で、優しいところが好きだって言ってた。こうやって今月もお墓参りに来るリンの姿を見て、その言葉を思い出したんだ」 「アイツそんな事言ってたのか」 ハハッと照れくさそうに笑いながら下を向いた。髪がさらりと動いた。 「私も同じ。真面目で、一途で、優しくて、笑った顔が案外幼くて、そんな所が好き。今も変わんない」 顔をあげたリンは、笑いながら「ホォー」と言った。 「リンは知らないと思うけど、彼女ね、私に洋服をくれたんだよ。パンもくれた。花火に誘ってくれたし、私がバツイチだって知って『辛かったね』って同情してくれた。凄く、優しい友達だった」 リンは携帯灰皿に少し灰を落とした。 「アイツは、俺の事は勿論、お前の事も好きだったんだよ。好きなもの同士が一緒になる事に、何の不満も無かったんだよ、きっと」 私はその言葉に、少し安堵した。 「彼女の遺志を信じようと思うんだ。彼女が考えてた事を憶測で並べた所で何も解決しない。彼女が残してくれたあの一枚の手紙を私は、信じようと思う」」 「あぁ」 少し黙った。頭の中を整理した。ひとつの光りの様な物が頭の中に灯った。
「毎月こうやってお墓参りに来て、2人で彼女に笑顔を向ける事が出来るのなら、それが何よりのはなむけになるのかなって」 上手く言えないけど、と付け加えた。 リンは携帯灰皿に煙草を押し付けた。最後の煙が桜の木に向かって流れ、散って行った。 「お前は花な。俺は線香。14日は必ずここに持って来よう」 「うん」 「笑顔でな」 私を見て、泣きそうな顔をして笑うので、私も同じような顔をして笑った。 「2人でね」
現世から消えてしまった彼女の本当の心は分からない。 残された物、それを信じるしかない。 それは彼女の遺書だ。 私とリンの幸せを願う遺書。 見上げると、横浜の夜空にも申し訳程度の星が瞬いている。 この星のどこかで、彼女はご両親と再会しているのだろう。 そこから私たちの幸せを願ってくれているに違いない。 私達に出来る事は、別れる事ではない。 彼女の遺志を信じ、リンと幸せな道を生きて行く事だ。
「手」 リンが腕を伸ばしてきたので、私はその手に自分の手を重ねた。 「藤の木寄ってくか?」 「そうしようか」 手を握りしめて墓地を抜け、新緑の匂いが拡がる公園に入った。 短くキスをした。少し煙草が匂った。 そうだ、次のお墓参りには彼女の好きだった薔薇の香水を持って来よう。 手が届かないところへ行ってしまった、私の大好きな友達の為に。 そう思った。
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