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作品名:頭痛 作者:糸世

第1回  
人を惹きつける人間は確かにいる。



秋は人恋しくなる季節なのだろうか?
高校2年の米島真生は重い荷物に辟易しながら駅へと向かっていた。普段から生徒に距離を置かれている副担任が私物は持って帰れとがなりたてたせいで今まで放置していた一切のものを担ぐはめになった。最近の若者は体力も気力もないのだから修行僧のようなことをさせないでほしいと甘ったれたことを考えている自分に呆れたがさらに呆れるものを見る羽目になる。今に始まったことではないが駅の入り口でたむろする若者達は利用する客をじろじろと眺め回して暴言を吐いている。どんよりとした空気が荷物のせいで負担の掛かっている肩に圧し掛かる。

「・・・・・・・はぁ。」

荷物を担ぎ直し、若者達の傍を通り過ぎる準備をする。真生には前にいるおじ様の背中が心なしか小さく見えた。

「きめぇ」

おじ様の背中が震える。誰もが分かっていたことだ。真生は二度目のため息をついた。若者達の標的はすぐに移る。自分の足音に不思議を感じながら足を進める。

言葉が浮かぶ前に開かれている口からは微かな音しか発せられなかった。

一文字に結んだ真生の口からは音さえ発せられなかった。
汚いものだ。人間の奥底の汚さに自らも同じものであるという事実が目をそらすことを許してくれない。おじ様と同じ結果にならなかったことに安堵してる自分に彼らを蔑む資格はない。

電車で適当な席を見つけ、荷物の重さも忘れられる瞬間に快感を覚えながら今度は脳を締め付けるような重みに眉を顰めた。風邪をひいたせいではない、電車の中という安全地帯に着いてからも真生は先程の気持ちを引きずっていた。

いや安全地帯ではない。この狭い空間では人の感情が渦を巻き、飲み込まれることを拒否出来ないのだ。女生徒の下着が見えるような短いスカート、それをしかめっ面で拝んでいる老人、下卑た声で話す男たちを見る周囲の目、静かに自分の横に座っている女の子。自分はその空間に入り込んだことをなぜ忘れていたのか。ため息をつこうと吸った空気をなぜかうまく吐き出せなかった。
ふと、腕に重みを感じた。荷物で負担の掛かった腕はその重みから開放されたときから回復へと向かっていたがそれをかすかに思い出させる程の重みだった。そのものに視線を移した真生はあまりの小ささに内心どぎまぎしていた。先程から横で大人しく座っていた小学校低学年くらいの女の子が真生の腕を支えに靴を履き直していたのだ。どうやらマジックテープがずれたことが気になったらしい。あまりの無防備さに先程までの重みを忘れ笑いを噛み殺した。しかし女の子には微かな笑いが聞こえてしまったらしく、勢いよくこぼれそうな瞳を向けられた。自分が知らない人間に触れていたことに気がついた女の子はふるふると震えながらもまだ手は真生の腕に置いたままだ。これから相手はどんな反応をするのだろうという表情を隠しもしない女の子に真生は労わるような表情を向けた。

「靴履けそう?」

確かに聞き取った女の子は頬を染めて頷いた。これからどこかに向かうのだろうかおめかししたその子が靴を履き終えるまでの短い間真生の腕は女の子のために存在していた。
靴を履き終えてからなぜかもぞもぞしている女の子を内心微笑ましく思いつつあまり見てはいけないだろうと意味もなく電車内の広告の字を追っていた。すると今度は服が伸びる感覚がし、視線を向けると学習帳の端に掛かれたお礼の5文字が目に入った。機械的ではない字を目に納めた後に女の子に向かって頷くと女の子は窓の外と同じ色になった。




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