覗き魔が気絶したらしいのを確認して、すぐさま野営地に引き返し、服を着替えて、魔物の死骸は跡形も無く焼却処分しときました。どうしたら良いかわからないんですもの、血の臭いに惹かれて他の獣やら魔物が来ても困る。流石に今日は沢山の術を使った後に攻撃的な術まで使ったから、慣れてる私でも気力が残り少なくて体調が悪く、吐き気がする。
覗き魔も放置する訳にもいかなかったから、別に結界を作って転がしておいた……死にゃしないし良いよね? と言うか、初遭遇の異種族交流が裸を見られて挙句に気絶されるとか凹む。
まぁ、起こった事は変えられないから、気持ちを切り替えて、本日のお弁当を引き出し遅い夕食を摂った。
今回のお弁当の中身は、厚焼き玉子に野菜の肉巻きの中にチーズが具として入った物に麦飯。これで出発前の作り置きは終了。明日からは買うなり狩るなりしなきゃなんだよね……。ふむぅ〜……憂鬱、処理の仕方は一通り習っているから出来ると思うけど、実践はまだしていない。
くさくさ、もたもたと道具を水洗いしてから界門に仕舞い込み、チラっと男性を見たら何やらモソモソ動いてる様子。気が付いたのかな?
「もしもし? 起きてますか?」
ビクッとする覗き魔。
もしかしなくても起きてますか……ソーデスカ。
ちょっとイラっとしたから杖で軽く小突いてみた。途端、がばりと起き上がり器用にお尻だけで猛烈に後ずさり、後ろの木に激突。硬直したまま冷や汗らしきものをダラダラ流す彼。
「あのー。そう露骨に怯られると、とっても心外なんですけど?」
私がむくれてみせると、今度は別の意味で冷や汗を流し弁解に励んでくれた。忙しい人だな〜、国にはなかなか居ないタイプかもとか変な感心。
そんな彼が言うには、近くの村を拠点にしてる商人で遠方の知人に届け物がてら、小売行商の帰りだったそうな。お名前はガリア・ブルーさん。強化系BOに優れるホムニッド族だけど、そういうのは持ってなくて彼に戦闘能力は無いそう。少し不憫ね。いきなり仇敵の子孫かと思ったけど悪人じゃ無さそうだし問題は無い。本来なら護衛の一人でも雇う所、知っている道だったから油断したとかで今の現状、うっかりさんなのは確定。
覗き魔改め、ガリアさんの「これも何かの縁じゃないですか? 良ければ拠点の村までご一緒してくれたら嬉しいです」って提案に渋々同意する事にした。
概ね妥当だし、ほんとは渋々なのはポーズ。私も村には立ち寄りたいし、道中の拾い物も売れるか鑑定出来る商人さんと行く利点もあるし「なら良いかな?」ってね。渋ったのは、けっして裸を見られた腹いせとかでは無いのよ? それにまだ能力をバラしたくないから街まで術で飛んで行けないのは不便だけど、基本的な体力もつけないとね。それになんか憎めない雰囲気も持ってるから、手助けするのもやぶさかじゃない気分にもなった。
そんなガリアさんの容姿は、柔らかそうな肩までくらいの長さの黒髪に青い瞳の小柄なお兄さんと言う感じで年齢は聞いてないけど私より上かなと予想。続いて、簡単な私の自己紹介を済ませ(勿論、嘘も交えてある。まだ種族を明かす訳にはいかないものね)手書きの地図を見ながら村の位置を聞く。
どうやら案外近いのは確かみたいで川沿いに南に下り、橋を渡った先の林道を抜ければ直ぐに村の裏門に着くみたい。ガリアさんの歩く速度で後半日も歩けば着くだって、どんな村なのか今から楽しみ♪
「ガリアさんは商人と言う事ですけど、雑貨の買取はお願い出来ますか?」
私は先に食べてしまったので一人お茶を飲みつつ、ガリアさんが食事を摂る間、先に寝るのはまだ不安なので取り留めの無い会話のついでに話題を振った。
「そうですね、物にもよりますがお受けしますよ。今は荷物が多いので店舗で見せて貰えれば買い取ります」だって。急いでる訳じゃないからかまわないと答えて、落ち着いたガリアさんとお茶をもういっぱい飲んでから就寝した。
今夜は曲がりなりにも同行者がいる事で熟睡出来るかもと期待もしてみる。
「さあ〜着きましたよ。護衛お疲れ様でした。そしてホムイクロラ村にようこそ」
道中に特に危険も無く無事に村に辿り着く事が出来た。 「何もしてないけどいいの?」って聞いたら「それで"安全が買える"と言う当たり前の心構えを血肉に出来たので良い経験です」って。
案外、潔い良いね。少し心象を上方修正。
目的地のホムイクロラ村は規模としてはなかなかに大きく、外周には木組みの防壁がぐるりと一周していて強固な印象を受けた。人の出入りに特別な警戒もなく大らかさが窺える。周囲に危険な獣類も少ないのだろうなと予想出来た。
勿論、身分証明なんて無い私でも彼の口利きでだけですんなり入村でき、通用門を潜った先は適度に活気も人通りも多く賑やかだ。これはもう村と言える規模を超えてるんじゃないの?
「思ったより大きな村でしょう? 私も初めて来た時は同じ顔をしていました」と笑う。そんな彼の店舗は通りを横に曲がった直ぐ側にあり、見通しの良い広い道に建っていた。
予想外に大きな店舗は木製だけれど年季が入り、黒い艶が味を添えるしっかりとした造りで、思わず「あんた、駆け出しじゃなかったの!?」不服にも思わず素が出てしまう。意味も無く勝ち誇り笑う彼は、つの間にか背後に居た人物に拳骨を落とされた所だった。
「いでっ!!」
苦痛の声に被せ
「客待たせて何をニヤついとるか、ばかもん」
と見知らぬ老人が一喝。あれよあれよと言う間に店にガリアさんを連れ込んだ老人の怒声が、通り二つは抜けたんじゃない? 道行く人は「またなのね」と言う態度でにこやかに通り過ぎていく。
どうやらこんな事は日常茶飯事らしい。
「わしはこの馬鹿たれの師匠をやっとるアントリオ・ピラーと言うもんじゃ。よろしくお嬢さん」
さっきまでの剣幕が嘘の様に、にこやかなピラーさんに戸惑う私。
ガリアさんが言うにはもう半分は隠居していて、扱いの難しい案件や彼が留守にしている間の商売をしながらのんびりと暮らしているらしい。こうも手早く感情を整えてしまう商人と言うものは怖いなと内心思いながら挨拶を返した。
警戒しておいた方が良いのかな? こう言う時。護衛の用件は果たしたし、報酬を受け取って昨夜話した商談をちゃちゃっと済ませて距離を置いた方が良いかしら? 店に案内された私は内部に界門を繋げた鞄から国の雑貨や工芸品、移動中に採取した果物や国の食物をカウンターに並べ、まずはガリアさんの鑑定を受ける事になった。
ピラーさんは奥で何やら整理をしている様子。
時間がかかるそうで寛いでいてと言うので、お言葉に甘えてのんびりと待っていたら、突然。
「これはっ!!」
驚愕に固まるガリアさん。
なに、なに、なに? 驚く私に掴みかからんばかりに詰め寄る彼に私も驚く。
「この実は幻の霊樹柑じゃないのか!? こんな貴重な物何処で?」
危なっかしい手つきで実を二つに割り、中身を確かめるガリアさん。
中には蜜柑の様な実がぎっしりあり、中心深くにエメラルド色の結晶が顔を覗かせている。
何事かと騒ぎを聞きつけて奥からピラーさんも駆けつけ、今度は一緒になって「「おぉぉ」」と唸りを上げる。
「何処でも何も、国に良く生っている果物ですけど?」
まごまごする私に二人は「信じられん」とか「色付きとは、また珍しい」などと夢中に眺める。
「お嬢さん、悪い事は言わない。これは仕舞っておきなさい。この一つは開いてしまったから買い取りたいと思うが、如何せんこの店にはそんな大金は無い。王都にわし等の所属する商業組合があるのでそこに仲介を頼みたい」
「紹介状を弟子に持たせるから同行願えるだろうか?」
ピラーさんには刺激が強かったみたいで、眉間の辺りを揉みながら実を受け渡される。
「これ、そんなに価値のある物だったのね」
戸惑ってしまった−−より迂闊だったと言う気持ちが強い。
悪目立ちしてどうするよ私。
国では唯一の自生する樹木になる実だったので持ってきたのだけど、思い出してみれば欠片の気配の強い場所にしか生えない事に思い当たる。迂闊過ぎて顔から火が出そう。
物思いに耽ってる間に話は進んでいたみたいで、試算の結果提示されるであろう額はプラグ貨にして5枚以上は堅いと言う。エリオス国以外では銅・銀・金の貨幣が使われていて、更に上にプラグ貨・記念板貨となると学んだ。それぞれ百枚で上位の貨幣一枚に相当するから判り易く考えると、金貨五百枚と同等の価値。一日普通に過ごすなら銅貨十枚もあれば良い……それを後二つ持っていると言う事。信頼出来ない人に見せた場合の反応を考えて今更ながらに背筋が寒くなる。
「お嬢さん、無知とは時に危険を招く……。十分注意する事だ」
ピラーさんが真剣に諭してくれた。
私は青い顔で「はい」としか言えなかった。
結果論でしか無いけれど、最初に見せたのがこの二人だったのは良い事だったのかもしれない。
重い雰囲気になってしまった事に気付いたピラーさんが気を利かせてか、少し・外の空気でも吸って来なさいと数枚の貨幣と此処の住所の載った紙切れを手渡して送り出してくれた。ガリアさんはまだ興奮が冷めない様で同行者としては「ちょっとね?」と言う状態。
そっと窺い見たピラーさんは静かに首を振り、気にするなと仕草でも示す。
少し迷ったけど扉を開けた。 気持ちを切り替えて村中をブラブラとする。外はいつの間にか薄暗くなりかかっていて、夜空には星が瞬いていた。
人通りの多い道を選び、人や屋台をゆっくり眺めながら歩くと緊張が解けてきた気がしてくる。いい加減お腹も空いていたみたいで「グゥ〜」以外に大きく腹の虫が鳴く。少し恥ずかしくなったけど、この場所に知り合いなんて居ないから大丈夫と、言い聞かせて酒場にでも夕食を摂りに行こうと決めた。
途端、知らない男に声をかけられた。
「ねえちゃん! 良い腹の虫飼ってんな!!」
いきなりの失礼な物言いと、音を聞かれていたショックで思わず
「ちょ、はぁ!?」
と不快な声が出た。
「おー!? 怒ったのか? すまんなーそう言う積りじゃ無かったんだ。謝るから許してくれや」
全然悪びれずガハガハ笑う男は、私よりかなり身長が高く年は少なくとも中年に片足突っ込んでる風に見え、身に付けた品物が何処かチグハグで似合っていない印象を受ける人だった。長めの前髪に飾りの角を編みこんでいるのはお洒落だとか? 極めつけはサイズの合っていない無骨なフルフェイスの下顎部分だけを布に巻きつけ首から提げ、鉄版の補強のある無駄に大きなトランクを持っている事か。
まあー許せと馴れ馴れしく手を取る男が指輪に触れた時"思わず"と言う感じで呟いた「偽装?」と言う単語が引っかかる。
何このしゃくれオヤジ? 思わず特徴的にせり出している顎に目が行き、連想して暴言を思いついた。
言う前に飲み込んだけどさ。
厄介事の臭いしかしないから放っておこうと思ったのに、謝罪やら興味があるやら、まあまあでほれほれと言葉巧みに酒場に連れ込まれる私……なんでこうなるのよ!? 釈然としないけど悪意だけは感じないので、卓に運ばれて来た肉詰めと葉野菜の盛り付けにフォークを突き刺し口に運ぶ。
塩気とマスタードの辛味が絶妙で美味しい。パンとの相性も抜群だった。
「で……。本当の目的は何?」
行儀悪くフォークで相手の眉間を指すと苦笑しながらも酒をあおったオヤジが「まあ、急くなよ」と私にも麦酒を注いで渡す。飲めない訳じゃないけど強くは無いので付き合う程度で留めて情報を探り合う事にした。
「ねえちゃん名は?」
「人に名前を聞く時は自分から名乗るのが常識じゃないの?」
不機嫌丸出しで敬語も無く言い捨てる。どうもこの人に敬意を持つ事が出来ない。
「おおぅ、それはそうだな。俺はこう言うもんだ……しがないおっさんだ」
オヤジはガオ・エトラシュベルストローサと名乗った。種族もはっきりしない不審人物なのに話を聞く私は変なのかもね。けど、さっきの「偽装?」の単語が気になる。
ぐいぐい麦酒を飲むガオの喉仏を眺めながら、小さく「天野・ラビアン」呟く。
「アマノラビアン?で良いのか。長い名前だな。」
まとめて名前にしないで。
「違うわよ。天野よ、ア・マ・ノ! 天野が苗字でラビアンが名前。と言うか、さっきの偽装って何?」
気になる事を聞かないのは気持ち悪い。聞かせてくれるかは、この際気にしない。
「あー、それか。それには俺のBOの説明をしないとな。俺の能力は《スキルフロンティア》つって物品の付加スキルを失敬出来るんだわ……そんで、アマノの指輪に触った時にちょいと見えてな。そんだけだ、他意は無い。」
隠す事無く、あっさり教えられて拍子抜けした。
「それをネタにしたりしないのね。私が言うのもなんだけど、脅せば言う事聞くかもしれないわよ?」
「平和的に協力して欲しいかんな。そう言うこった」
泡の消えてしまった麦酒を飲み干す、ガオ。
フォークを置いて指を組む私。
気が変わった。
「そう……。なら話だけは聞いてあげる。」
「恩に着る」
「まだその台詞は早いわよ?」
もう、まんざら嫌いでもないと感じる私の心に苦笑する。
これが、これから長い腐れ縁になる二人の最初の出会いだった。
|
|