20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:w.o.r.l.d. 作者:赤鉈 塩

第1回   welcome to the world ! please hit [Enter] key !
「Enter」にカーソルを合わせ、決定キーをクリックする。
 黒一色の世界から一転、喧噪と酒と煙草の匂いが充満した、渋い古びた酒場の室内が視界いっぱいに飛び込んでくる。
 どうやらこの“星”のコンセプトは、19世紀開拓時代のアメリカのようだ。
 郷に入らば何とやら、ぼくもこの雰囲気に合わせて……。ぼくはマニピュレータを一瞬だけオフにして咳払いをした。
 周囲の厳つい男達に田舎者と思われぬよう注意しながら、紹介状の画像の人物を捜す。探し回るまでもなく、その女はウェスタンドアから入ってまっすぐ突っ切った、正面のカウンターに腰掛けていた。まさに、掃きだめに咲く大輪の花のように真っ赤な紅鋼の鎧を粋に着こなし、美しさと強さを孤高の上に纏っているのが傍目にわかる。
 これほどの美女なら、人間 (オリジナル)だろうが 複製(クローン) だろうが、はたまたアンドロイドだろうが構わないな。
「隣、いいかな……? マスター、バーボン」
 女は確認するようにぼくの顔を一瞥しただけで、自分の酒に戻る。
「……オレイン・ベアトリス……て、あんただね?」
「……だとしたら……?」
「俺はジル。ジル・ホンダース。ギルドにあんたの事、教えて貰ったよ。相当腕が立つそうじゃないか。俺もこれで地元じゃ結構名の知れたファイターなんだぜ。最近この辺が騒がしくなってきたって聞いたもんでね。ゴルモス火山、だっけ? 火口付近にドラゴンの巣が出来たらしいね。どうだい、俺とあんたで一丁狩りに行かないか?」
『ジル! ジールー! おーい! ジルー! つまんなーい! ジルってばあ! もおっ!』
「何だよ、邪魔すんなよ! ……ちょっ! わかった! ちょっと待て! 今セーブするから……! ホントマジでやめて!」
 ちっ、なんてこった。一番慎重に行かなきゃなんない所で……。
 向こうは既に回線を切ったのか、口がぱくぱく動くが音声は聞こえなくなった。手が“あっちへ行け”という仕草をする。
 くそ、マナー違反だがやむを得ない。ぼくは緊急切断を使って回線を切り、PS4Rを終了させるシークエンスを実行した。
 あーあ。こりゃ、相当やばいペナルティ喰らっちまうぞ……。
: : : : :
「おいおい、マジでこういうのはやめろよな。俺だけで遊んでる時なら別にいいけど、誰かとやってる時はエチケットってもんがあるんだぞ?」
「……だって、つまんなかったんだもん」
「大体、午前中は夏休みの課題するって言ってたじゃねぇか」
「もう終わったもん」
「じゃあおばさんとこ行ってろよ」
「ママ寝てるんだもん。せっかく骨休めに来てるんだから可哀想じゃない」
「……。まあいいけど。じゃあこれで一緒に遊ぶか?」
「うん! ……あたしやった事ないんだけど、できるかなぁ……?」
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)一向に主人公が状況説明する気配がないので、この辺りで作者自ら無理矢理註釈を付ける事にする。以降、必要に応じてこのように註釈を付ける事を予告しておく。
   時は23世紀、人類は今とは比べものにならないほど高度な科学技術を手に入れ、その科学の翼を背中に着けて宇宙に飛び出して行った。宇宙はただひたすら広く、人類の飽くなき欲求を全て受け容れてくれた。欲望の赴くまま宇宙開発に明け暮れた人類の未来は明るく、平和に満ちていた。めでたしめでたし。……と、そこまで単純ではないものの、まあ割とそれに近い状況にはあった。少なくとも、狭い地球で、限られた資源を奪い合う、なんて馬鹿げた事はなくなった。宇宙に行けばそこに何でもあるのだから。ただ、残念な事に宇宙人には会えていない。宇宙に住む知的生命体はどうやら人類しかいないようだ。
   それはともかくとして、人類は百年前まで夢と思われていたありとあらゆる夢物語を、架空の世界の中で魔法でしか実現できそうになかった事を、科学の力で実現させることができるようになっていた。
 暇を持て余した人類が、科学の粋を集めて開発したゲーム、【PS4R】。これがこのお話の舞台である。
  主人公はジル本田、16歳。特に世界を救う使命や能力があるでもない、そこたにごろごろ転がっているごく普通の少年である。
    そして、彼にせっついている少女、スネコ谷町、やはり16歳。やはり特に変わった所はない。ごく普通の可愛らしい少女である。
   では本編リスタート。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
「俺が、わかるまで教えてやるよ。取り敢えず入ってみろよ」
 ぼくはスネコをPS4Rの中に招き入れた。PS4R、正式名称は『プレイスペースフォーリアル』。どういう仕組みかは良く分からないが、仮想空間を超えた、現実そのもののようなゲームを体感できる。
「この前までやってたバトルシュミレーターっていうのと違うの?」
「シミュレータ、な。あれはこれを造るためのベータ版……試作機みたいなもんだよな。あの、バトルシミュレータのデータを元にアルゴリズムが構築されているらしいけど……。まあ、そこら辺は正直俺もいまいち良く分からん。ほら、俺体で覚えるタイプだから」
「ジルはいいよね、体動かすの得意だから。なんだかんだいって頭もまあまあいいし。あたしはこういうの苦手だなぁ……」
「慣れればどうってこたねえよ。でも、そうだな……。できるだけ初心者向けのがいいな。となると、ここしかない、か。ほい」
 無機質な文字だらけのモニタの中のカーソルを、ボールのようなマニピュレータで操作すると、素朴な田園風景の中に中世ヨーロッパ風のお城が蕭然と建っている画像が映し出される。
「わぁ、素敵!」
「王道といえばこんな感じだろ。システムもわかりやすいし。ここでいいか?」
「うんうん! これがいい!」
「よし、『決定』と」
: : : : :
「……う、わ、あ。す、ご……。本当に、本物みたい。これ、どうなってるの……?」
「うん……。俺にもわからん。まあ、あんま深く考えるのは得意じゃねえから、こういうもんと思ってやってるけどな」
「ふぅん……。で、どうするの?」
「ん、まずバトルチュートリアルって感じでいきなりイベントバトルがあるな」
でろれろれーん。スライムが現れた! どうする?
「やーん、ちっちゃくてかわいー! ……でも敵なのね? どうすればいい?」
「四匹か。一、二匹なら試しにスネコ一人でバトルさせたかったんだが、この、着の身着のままの装備じゃな。一発殴れば『逃げる』コマンドが使えるようになる。そうだな……。おっ、この棒きれで、……おりゃ! よし! 逃げるぞスネコ!」
ジル達は逃げ出した! ざっざっざっざ。
 ぼくらはまっすぐ、近くの街を目指して走った。まずは、ギルドでスネコの冒険者登録をしなくては。
: : : : :
 なぜかは知らないが、PS4Rではソフト、というかゲームタイトルの総称を“星”と呼ぶ習わしがある。
その言い方がすんなりと受け容れられるほど、まるで別の惑星に一瞬で辿り着いたような、そしてそこであたかも自分の肉体を付けて現実に行動しているかのような感覚を覚える。
 リアルさに関しては申し分ないのだが、ゲームシステムに関しては、どの“星”も似たようなものが多く、気分によって“星”を変える、という程度しか違いがない。
 そういう不満を抱えているのは開発者も同じらしく、善後策として『レベル』=ゲーム習熟度と、『ガ○ス』=それまでに獲得した流通貨幣が全ての“星”で共通となっている。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)序でに、言語も銀河共通である。それと、ガバ○は、週刊ファ○通の登録商標です。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
 街が形成されている所には必ず『ギルド』があり、それら二つを、それぞれが登録したアカウントアバターに照合する業務を行っている。また、全くの初心者が初めて冒険者登録をする所もギルドだし、クエストの受諾、バトルを手伝ってくれる傭兵やNPCの斡旋など、その他様々なことでお世話になる。困ったらギルドに顔を出す、暇があっても、暇がなくてもまずギルド、だ。
 ジルのレベルは36。中ボスくらいなら一人で倒せる。○バスもスネコに装備一式分ぽん、と買い与えてやれるほどたんまり稼いでいる。それではゲームの醍醐味が台無しになってしまうかもしれないが、どうやらそうも言っていられない事態が発生してしまったようだ。
 いわゆる“初期ロットの不具合”という奴だ。まったく、凄いんだか凄くないんだかわからなくなってくる。
 ギルドの情報端末でたった今手に入れた情報によれば、この“星”の時間で二週間から、最悪一ヶ月、元に戻れない状況になってしまったという。ゲームの中に取り残されてしまった、という事か?
 訳がわからないが、とにかくできる事をしなければ。といっても、一応ギルドを介せば元の世界に連絡する事はできるみたいなのでゲームをしながら、という事には変わりない。 つまり、二週間、長くて一ヶ月、この“星”で暇をつぶせ、という事、か……?
 ……はぁ、まいったなぁ……。
 あれやこれや思い悩んでいるぼくに、後ろからスネコが声を掛けてきた。
「ねぇ、ど、どうか、な……?」
 スネコの声がした方に振り向くとスネコがいた。……当たり前か……。
 紺色の外套の裾は、白いショートブーツのくるぶしまで届くほど長い。同じ色のベールは頭全体と背中を覆い隠している。まさに慎ましやかな修道女、というスタイルだ。
 ……後ろから見れば、だが。ぼくはいきなり正面からそのスネコの姿を見る事になった。
 胸の部分が大きく台形に切り取られ、びっくりするほど大きな胸の上半分が大胆に剥き出しになって見えている。い、いつの間にこんなに大きく成長したのだろうか。子供の頃一緒に風呂に入った時は、ぺったんこだったのに……。
 なんだか気恥ずかしくなって下に目をやると、この立ち位置でも下着が見えてしまうのでは、と思うほど超マイクロミニの白いワンピースではないか……!スネコは若々しい太股を惜しげもなく(実際は少し恥ずかしそうに)ぼくに見せつけている。ワンピースの素材は光沢があり、臍の位置が分かるほどぴったりフィットしていて、体のラインを詳細に知らしめている。なんてケシカラン格好だ!戦闘時の隊列は後衛に決定だな。防御力があるとはとても思えないし、モンスターにさえ間近で見せるのは惜しい。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)うっかり見逃したようだが、胸には法龍ドグマの紋章を象ったペンダントを着けている。この星では、奇跡や魔法を使うためには善と悪それぞれの性質を司る龍を崇拝しなければならない。彼女は、回復など味方によい効果をもたらす“奇跡”を司る善の龍、法龍を崇拝する事に決めたようだ。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
「お、おお……。ちゃんとヒーラー系にしてくれたみたいだな。と、あとは武器だな。定石は杖だけど、俺にはヒールは殆ど必要ねえし、ダメージを与えられる法術を覚えるのは大分あとだし、ちょっと値が張るけど法撃銃がいいと思う。これなんだけど、どうだ?」
「うん、ジルがそう言うならそれでいいよ」
「よし、オヤジ、ホルスターをくれ。ほら。んー、短いな。ふ、太股、かな? うん、そう」
 セクシーキュートな修道女銃士のできあがりだ。こ、こいつぁ……。スネコェ……。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)まったく、ちゃんと説明しろよな。法撃銃はカートリッジに法力(LP)を込めそれを弾丸にして発射する短銃である。
 ……む、割とそのまんまだな。説明必要なかったか?
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
「よっしゃ。早速バトルに慣れるのを兼ねたレベル上げだな。さっきの所に戻ってスライム倒しまくろう。30発もあれば3ぐらいは上がるだろう」
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
 作者註)コイツ、自分の装備を描写してない。ジルは様々な星を渡り歩く中堅冒険家らしく、オーソドックスなロングソード装備のファイターである。普段着にセーフティブーツと金属の脛当て、腰には道具がいっぱい入る皮のポーチと鞘に収まった剣、背中に黄色の大きな○が描かれた黒いジャケット。
 どの星にも無難に溶け込むベーシックなスタイルだ。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
: : : : :
 そういえば、ぼくらがさっきまでいた所は、『観光惑星ジェ・ネ・シ・クワ』という。スネコの両親は医者、ぼくの両親は医学系の研究者で、少なからぬ関係性で家族ぐるみの付き合いをしている。そして彼らは、恐らく三代にわたって考えられる限りの贅沢をしても使い切れないほどの財産を、ぼくらが生まれる前までに稼いだようだ。
 彼らの主な本拠地であり、ぼく達が通う学校のある地球のニホンは今夏休み、多忙な彼らがやっとこじ開けた虎の子の休暇を使って『ジェ・ネ・シ・クワ』に観光に来ていたのだ。
「……ねぇ、パパとママ、心配してなかった?」
 宿屋の下の階に設けられた酒場を兼ねた食堂(アルデン亭、という)の片隅のテーブルで、晩ご飯のパスタを突きながらスネコが聞いてきた。
 今日は午前中からいろんな事があった。慣れないガンファイトも彼女の神経をすり減らしていったことだろう。
 元気だけが取り柄みたいなスネコも、流石にこの状況では食が進まないようだ。
「してると思うけど、一旦ギルドを通して来るからニュアンスは伝わってこないよね。で、もっと都会のギルドに行ったらもう少し様子が違ってくるかも、って思ってるんだ」
「都会?」
「ああ。ずぅーっと西に行ったとこにある都市。『ベネザリア』っていうらしいんだけど、そこがここから一番近い大都会だね。どうする?」
「どうするって……。行かなくちゃいけないんでしょ?」
「いや、行っても何が変わるか、もしかしたらここと同じかもしれないし」
「でも……」
「うん、まあ、ここでじっとしてるよりいいだろうね。よし、明日からそこに行く準備を少しづつしていこう。だから、しっかり食え」
「うん……!」
 少しは元気を取り戻してくれたようだ。HPもLPも時間が経てば少しづつ回復する。一晩寝れば全快する。しかし心だけは癒す事はできない。自分で気力を振り絞るしかないのだ。ここは何としても、一縷の望みを懸け、危険な長旅をして西に行かなくては……。
 そのためにはスネコのレベルをせめてあと10は上げなくては……。更に、足手まといにならないレベルの傭兵かNPCを雇って……。本格的な計画が立てられるのは早くても明後日か明明後日、だな……。……うーん。気長にやるしかない、か……。
: : : : :
 滞在二日目の午前中も、買い込んだLP回復アイテムを使ったり、休憩したりしながら、スネコのレベル上げに精を出す。
「どうだ? 少しはそいつの扱いに慣れてきたんじゃないか?」
 ピザを囓りながらスネコに尋ねる。どうやらこの地域はイタリアを意識しているようだ。
「うん、そうかも」
「よしよし。昼からはちょっと遠出してみよう」
 もし行けるようなら少しくらい無理してでも隣の街に移動しよう。シエスタが始まる前にアイテムを買い込んだ方がいいかな……?あ、そうか、ここは地球じゃないのか。
: : : : :
 最初の街から大分遠く離れてしまった。簡易マップには目指す隣街が出て来たが、その方向には何も見えない。日暮れまでにはまだ時間があるが、引き返すか、ごり押しするか、早めに決めておかなくては。
 この辺りに出て来るモンスターは、最初の街周辺に現れる『雑種(ガラクタ)』と呼ばれる、失敗作みたいな造形の、殆ど動かないモンスターではなく、単純な動きを繰り返すだけだが、体裁の調った、ちゃんとした名前のついたモンスターが出て来るようになる。
 例えば……。
道路の脇の草むらがさっきからガサガサいっている。
「ちょっとこっち来てみろ」
「えっ!? えっ!? 何これ!?」
「オサンポドリル、だってさ。こういうのを一人で始末できて初めて、一人前の冒険者になれる」
「きゃー、もこもこしててかわいー……て、わ。顔、ドリル」
 小型犬ぐらいの大きさのモンスターが、草むらの中を一定の間隔と速度で、行ったり来たりしている。ころころした肥満体型の胴体で、短い四本の脚をちょこまかと動かす様は、確かに可愛らしいが、その動きは動物というよりロボットを思わせる。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)実際、“有機ロボット”である。有機スープと旧型のデータチップでかなり安価に造れるので、どの星でも序盤のモン
  スターは有機ロボットだ。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
「ほい、見てないで戦う」
「う、うん」
 ホルスターから法撃銃を取り出し、『おさんぽドリル』に狙いを定める。
「ごめんなさい!」
 引き金を引くと同時に「ガゥン!」と音がして光が閃く。しかし、一瞬遅れて「キン!」という、攻撃が弾かれたような金属音がした。
 モンスターの動きが小さい正面から攻撃した所は百点だが、タイミングは悪かったな。見た目にも硬そうなドリルの部分に当たったのだ。当然与えたダメージは0。
 悪い事に、攻撃した事で移動の角度が変わり、加えて歩行速度がアップした。
「ちゃんと動きをよく見て狙え!」
 一生懸命やっているスネコを叱るのは気が引けるが、今後の事を考えると致し方ない。この程度のモンスターに手こずっているようでは、いつまで経っても西には進めないのだ。
「ふぇ〜ん」
 泣き言を言いつつも、何とか3ターンでおさんぽドリルを撃破した。今のでレベルも上がったようだ。よしよし。これなら、隣街を目指せそうだ。
 ……しかし、死にかけても被ダメージアクションを取るだけで、最後まで同じ動きをするなんて、ほんとにロボットみたいだよなぁ……。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)倒されたモンスターはあとでスタッフが美味しく戴きました。嘘です。チップが壊されていないなら、地面に染み込ん
 だ有機スープを素に自動で元の姿に戻る。
  よくクエストで、『モンスターが畑を荒らして困る。○○を○匹倒してくれ』みたいな依頼があるが、これらのモンスター
 が生物や環境に影響を与えるのは不可能だ。
  もちろん強いモンスターは別だ。この話には出て来ないが、ちゃんとした生態系を持つ、遺伝子をいじった“キメラ生物”
 というのがいる。そういうのはギルドが管理して、多くなると緊急討伐クエストが発注される。大抵豪華な賞品で出来るだけ
 沢山の受諾者を呼び込み、“祭”とか“宴”などと言われて盛り上がる。しかし、その裏でギルドは戦々恐々としているのだ。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
: : : : :
 滞在三日目。ぼくらは昨日の夕方頃、二番目の街、『ドゥーエ』に辿り着いた。
 スネコはよっぽど疲れ切ってしまったらしく、ぼくがギルドで情報を仕入れているほんのちょっとの間にも、ベンチでうとうと居眠りをしていた。少し早い晩飯を食べたらすぐ宿に帰り、まさに死んだようにぐっすり眠りについた。
 ほんとは寝る前に残ったLPを全部法撃銃の弾に変えるよう注意したかったのだが……。まあ、一回ぐらいはいいだろう。
 今日は朝から雨が降っている。こんな日まで特訓しなくてもいいのではないだろうか。
 と言う訳で、今朝はゆっくりして、十時くらいから簡単な『おつかいクエスト』をスネコにさせる。簡単、といっても馬鹿にはできない。結構忙しく街を駆けずり回らなくちゃならないし、要領が悪いとキャンセルして最初からしないと話が進まない、なんてこともままある。それでも報酬は、ガバス + アクセサリなどの装備品やアバターアイテム、中にはパラメータアップなんてのもあり、やって損する事はない。
 最初の二、三コは要領を教えるために一緒にやったが、昼からは好きなのを一人でやらせてみた。スネコは意外と飲み込みが早い。
 その間、ぼくはギルドで情報収集だ。
 広域マップを見ると、次の街はこの街から大分離れている。山道を越えなくてはならないらしい。朝早く出て、日が傾く前に何とか着く、というくらいだろうか。それも、順調にいって、だ。山越えでモンスターに出会わないはずがないし、十中八九この周辺のモンスターより強いだろう。
 しばらくこの街にとどまって、スネコのレベルを上げる事にしよう。
 その上で、一人ぐらい戦闘員を雇う算段を始めなければならないかもしれない。
 現在待機状態の傭兵は……。むー、やっぱり前の街と同じようなのばっかりだな……。
 ファイター。……は二人いても意味ないし、スネコと同じくらいのレベルじゃな……。
ヒーラー。……も同じような理由でパス。
 マジシャン。……はパーティ属性が合わない。それにできるだけ通常戦闘に特化した奴がいい。結局そいつを護りながらぼくが戦わなくちゃなんないもんな。
 お、レンジャー、か。んー、でもなぁ、通常攻撃で消耗品を消費するのは効率が悪いよなぁ……。遠距離攻撃は間に合ってるし。
 せっかく雇うんだから長く付き合いたいし、そう簡単に妥協はできない。今回はご縁がなかったという事で……。
: : : : :
 滞在四日目。天気:晴れ。……どうも途中から日記みたいになってきてるな……。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)まあまあ。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
「昨日一日遊ばせたんだから、今日はこってりシゴいてやるぞ」
「オス! よろしくお願いします!」
 ぼくも鬼教官役が板についてきた。スネコは多分今日一日で山越えできるレベルに到達するだろう。スネコ自身にも冒険者としての自覚ができてきたらしく、昨日はおつかいをこなしながら最低ランクの法弾を所持限界まで作成してたみたいだ。スネコは賢いな。
 次の街に続く山道の手前、すぐ街に戻れる距離にある名もなき原っぱを、スネコの特訓相手に相応しいモンスターを探しながら歩き回る。
でろれろれーん。白熱兵が現れた!
 お?コイツは丁度良さそうだな。サッカーボールぐらいの大きさの、手足の付いた白熱電球みたいなモンスターが草むらの中から飛び出してきた。三体、か……。
「慌てずに一匹ずつ確実に倒していけ!」
 端的に指示を出すと、剣を鞘ごとベルトから外し、スネコが狙いを定めた以外の二匹を、うっかり殺してしまわぬよう、スネコから引き離す。しかし、弱点丸わかりの、防御力の低そうなモンスター二匹を倒さないようにいなしながら、スネコの様子を見守るのは結構難しいな。それにコイツ、兵、と名乗るだけあって、意外に戦い慣れている。
「倒したよ!」
 しかし、スネコも然る者、着実に腕を上げてきている。
「よし!」
 ぼくが相手をしていた二匹の白熱兵の片方を、スネコの方に行くよう促してやる。
「回避! 攻撃する事にばかり気を取られるな! 敵の準備動作を観察して次に何をするか予測するんだ!」
「はい! 教官!」
 当然スネコも何発か貰っているようだが、後衛なので大したダメージではないはずだ。
 それにしても、痛いのを我慢して果敢に、健気に戦う姿に教官、思わず“きゅん”となってしまう。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)リア充爆発しろ!
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
「はあ、はあ、はあ、全部……、倒したー!」
「うむ、よくがんばった! 強くなったな、スネコ!」
「あ、ありがと……ジル」
「おあ、ご、午前中はこのくらいにして、街に戻るか……」
「あ、うん」
 ……なんだよ、この微妙な空気は……。
: : : : :
「スキルポイント、どれに振り分けたらいいと思う?」
「まずはポイズンケアと……あとはガードウォールかラウンドヒールだな。振り分け方は自分で決めるといい」
「ヘヴィーヒール、ってのもあるよ?」
「それが必要になるのは中盤以降だ。取り敢えずの俺達の目的地は西の大都市だからな」
 今日の昼ご飯はラザニアにした。ぼくはそこまでグルメではないから余りわからないが、どの街のどのタヴェルナに入っても納得の味の料理が出て来る。ゲームとしての質は低いはずなのに動員数が衰えない事を不思議に思っていたが、こういう事か。
 中にはゲームの内容に合わせて、酷い見た目の料理を食べさせる“星”もあるからな。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)見た目だけダヨ!味は保証するヨ!衛生局が検査するから当然ダヨ!
 どうしても駄目な時は、携帯用バランス栄養食をどうぞ。 [ 広 告 バ ナ ー ス ペ ー ス ]
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
 噴水広場に設えたテーブルを挟んでランチを食べていたぼくらの所に、見知らぬ少女が近付いて話しかけてきた。
「やっほ、スネコちゃん。今日も何かいいことあるといいね」
「ベリカちゃん!」
「……誰?」
「昨日おつかいで知り合った娘だよ。ほら、昨日貰った“肉球バッジ”すっごく役に立ったよ! ありがとー」
 スネコは外套をまくって腰の辺りを彼女に見せ、保安官の星の形をした“ガンマンバッジ”の隣の、肉球のマークをあしらったバッジを示した。
 ああ、このアクセサリー、この娘から貰ったのか。回避力がアップし、更に攻撃対象になりにくくなる“隠密”の効果がある。序盤のものにしてはかなりよいものだ。それで、優先的に着けるよう勧めたのだ。
「うん! うちの師匠も喜んでくれたよ。スネコちゃん、またよろしくにゃ!」  
 よく見ると……ネコミミ!じゃない、ニンジャのカッコをしている……!
「(スネコ、もしかしたら、ハートマークが付いたクエスト、クリアしなかったか?)」
「? んー……わかんない」
 多分この少女、サイドストーリー絡みのフィクシブノンプレイヤーキャラクタだ……。
 上手く事を運ばせる事ができれば、パーティの一員になってくれるかもしれない……!
「……スネコ、彼女を紹介してくれないか……?」
「?? ……うん、ベリカちゃん、だよ。キャットハーフ? だって。街外れの、みんなから“シショー”って呼ばれてるおじいさんちに居候してるんだって」
「ベリカ・トランザイルだよ! あにゃたは?」
「俺はスネコの連れのジルだ。よろしくな、ベリカ」
「二人はフーフにゃの?」
「ふ!? べほへ!?」
 こういうぐいぐいキャラなのか、どう補正をかけても中学生以上には見えない背の低い少女に、二の句を継げなくさせられてしまった。
「……夫婦、だよ……」
 スネコがぼくの腕を捕まえ、胸を押し付けてくる。
「!? !!? !!!?」
 !!!!? !!!!!? ぼくの思考は突然の展開に、およそ十秒ほど完全に停止してしまった。
「な、な、に、お、か……ん、う、うん、そう、そうだ、よ……」
 何でこうなる? どこで間違えた? いや、そもそも何かを忘れているような……。
「いいにゃ〜。とってもお似合いのカップルだよ」
「……(ぽ)あ、ありがと。ベリカちゃん……」
 そうだった、やっと思い出した。彼女をパーティに加える交渉をしたかったんだ。
 ・・・・・・無理ー! ここからどーやればそーいう方向に持って行けるというのかー!
「おあ、あ、か。も、もうこんな時間、か……? お、お、す、スネコ、ご午後の特訓を、か、開始、する、ぞ」
「特訓? スネコも修行してる身にゃのか?」
「うん。わたしたち、ずうぅーっと西に行った所にある都を目指してるの。この街にはそこに辿り着くためにちょっと立ち寄らせて貰っただけなの。せっかくお知り合いになれたのに、すぐお別れしなくちゃ行けないのね……」
「ん〜、スネコはいい娘だにゃ〜。ベリカ、スネコのこと好きににゃったのだ。西の都ってベネザリアのことだにゃ? もしよかったらベリカが二人について行ってやるにゃ!」
 ほへ!? 拍子抜けするほどあっさりとパーティ・インの話が進んでいく。
 会話の途中からネコ語が濃くなってきたのは、恐らく好感度が上がると“デレ”になるキャラだからだろう。こういうキャラ設定がユルいのもレビュー評価が低くなる要因なのだが、今回は助かった。
「あ、ああ、よ、よろしく頼む。実は、二人じゃちょっと心細いかな、って思ってたんだ。ほんと、助かるよ。あ、フレンドカード、交換して貰ってもいいかな?」
「もちろんにゃ!」
: : : : :
new friend entry !
name:Berica.Tranxail sex:♀ race:cat-half age:15 class:ninja level:22 join to party free!
 ほんとにニンジャがこんな序盤で仲間になっちゃった。しかもレベルは22。あ、そうか、これはぼくのレベルの所為か。でも、マジでゆるゆるだな。評価が低くなるはずだ。
 しかし、それでも今回に限っては心強い。☆一つのクエストさえ超上級者しかクリアできない無理ゲーの開発者に、この親切設定の爪の垢程度でも見習って欲しいものだ。
恒久的に旅の仲間として街から連れ出すためには、イベントとして街外れの師匠の所に了解を取りつけに行かなければならないみたいだ。その事をぼくらに告げると、ベリカは手をちぎれそうなほど振りながら去って行った。
 ・・・・・・。
「で……? ぼく達はいつから夫婦になったのかな……?」
 ようやく口から飛び出した出任せ設定を思い出してくれたのか、顔を真っ赤にして、ぼくの腕に絡ませていた腕を解いてくれた。
「だって……、あ、あんな娘がいいのかなぁ、って思って……」
「? あの娘NPCだよ? スネコの口添えがあれば仲間になってくれるかな、って思って、それで紹介してって頼んだんだけど?」
「!? ……あ、ほんとにそれだけだったの……? なぁんだ」
「だから何が……? あの娘、キメラかアンドロイドだぞ。お前、なに心配してんだ?」
「……! 心配なんかしてない! ジルのバカ! バカバカバカ!! もう知らない!」
 ・・・・・・。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)……(怒)。……失礼。彼女は残念ながらキメラでもアンドロイドでもない。
 ほんの少しだけ遺伝子をいじった正真正銘のキャットハーフだ。無論、ネコミミもネコ尻尾も本物である。
  バカバカバカバカバッカバー!いいすぎよスネコちゃん。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
: : : : :
 ……仲直りって、どうやってするんだっけ……? 今回のはぼくの所為じゃないから、向こうから謝ってくるのを待つか……? あれ……? ぼくが悪いのか? いや、そんな事は……ない……よなあ……。
 気にはなるので、タウンマップでスネコのターゲットマーカーを一分ごとに確認する。
 あの辺りにいるのはわかるけど、泣いているのか怒っているのかまでは教えてくれない。
住宅地の側の、木々の生い茂った公共庭園。木に背中を預けて体育座りをしている。
 ……はあ。しょうがないなあ、もう。
 こんな時は……女の子を笑顔にする魔法、“スウィ〜ツ!”だ。
アイツ、イチゴミルク、好きだったよな。ジェラートの屋台でストロベリーを二つ頼むと、スネコと背中合わせに座り、無言でカップを差し出した。
「……ありがと」
「・・・・・・」
「!? おーいしー、これ! んー!」
 スネコは、足をぱたぱたさせてジェラートを頬張る。まったく、現金な奴だ。
しかしまあ……、機嫌を直してくれてよかった。こいつを連れて帰らないとおじさんに会わせる顔がないからな。親父にも殺されそうだし。……て、これ甘!
: : : : :
「・・・・・・ル! んもう、ジールー! いつまで寝てんの? 朝だよ!」
「う、うぐ……! ん、むぅ……」
 帯……在、五日……目。……くあ……あむ。お寝坊のスネコがぼくより早く起きているのは、単にぼくが夕べ遅くまで夜更かししていたからだ。
 NPCであるベリカのバトル・インターフェースをぼくの戦闘スタイルに合うよう、調整していたのだ。
 ニンジャは、クラスの属性自体は“善”でも“悪”でもない中立なのだが、問題は特殊コマンド、『秘術』である。魔法でも奇跡でもなく、特殊な技術によってそれらと見劣りしないほどの現象を起こすことができるニンジャ独特の戦闘術。
 まったくもって頼もしいことこの上ないのだが、攻撃系の秘術はパーティ属性に反するのだ。ヒーラーのレベルが高ければ影響は微々たる物だが、スネコのレベルで法龍の加護が薄れるのは忍びない。泣く泣く攻撃系、状態異常付加系の秘術を取り外したのだ。
 マジで、火遁の術とか雷遁の術とかカッコヨサゲジャン。エフェクトだけでも見たかったな。
 他にも、通常攻撃の傾向や回復のタイミング、連携の組み合わせ等々、勝手のわからない仲間が増えると、パーティリーダーはいろいろ大変なのだ。
「……マジで、今朝は寝かせて……昼から……な……? そうだ、もしベリカが暇だったら二人でそこら辺うろうろしてみろよ。明日、朝早く次の街を目指す。やり残したことがあったら今日のうちにしとけ」
 このインターフェースは、ぼくと、スネコと三人パーティ用のものだ。スネコとベリカの二人なら、そのままの方がいい。
「りょーかーい! あと、おやすみー」
「あい、おやす……」み……。……すぅ……。
「……くすっ、かーわい……。……。……ちゅ……」
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)・・・・・・多分俺今カメハ○波出せる。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……くすっ、かーわい……。……。……ちゅ……」
(遅くまでかかったんだね、お疲れ様。・・・・昨日は、勘繰ったりしてゴメンね……。
 だって、あたし、ジルがいなくなったら……。)
 スネコは、昨日ジルの前にベリカが現れてから、ふつふつと沸き起こり始めた、名状しがたい感情に、仮の名前を付けようと心の深淵で藻掻いていた。
 ……いや、とっくの昔に気付いているのだが、後回しに出来るものなら、それで今の状態を維持できるのなら、その方がいい、と思っていた。
 (……夫婦、か……。)
 スネコは自分のことを、まだまだ子供だと思っている。まだ子供のままでいたいと思っている。……思っていた。でも、“ここ”に来てその考えがだんだん変わってきた。
 自分と同い年のジルは、スネコのことを必死で守ってくれている。スネコを元の世界に戻すため、一生懸命頑張ってくれている。そして、スネコを確実に成長させてくれている。ジル以外頼る人がいないから当たり前だが、実に頼もしい。
 (でも……あたしは、ジルにとってどういう存在なんだろう……?)
 足手まとい? HP回復アイテムの替わり? 音声で操作する、出来損ないの移動砲台?
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)目の保養、ってのもある。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
(あたしだって、……やればできるんだから……!)
 スネコは、ベッドの上ですやすや眠っているジルの寝顔を、気が済むまでとっくり眺めてから、決意を胸に秘め、静かに部屋から出て行った。
: : : : :
 まだ朝早いから、ベリカは“シショー”の家にいるだろう。街外れにぽつんと佇む、この地域のものとは明らかに様式が違う、小さな一軒家のドアをノックする。
「あーい。にゃ!? スネコにゃ! 朝からスネコの顔が見れるにゃんて、今日はにゃんてはっぴーにゃ!」
 少し眠そうな顔で出て来たベリカが、スネコを見た途端、目を輝かせ、耳をぴんと立て、助走を付けて飛び付いてきた。
「寝てたのね。ゴメンね、起こしちゃったね」
 スネコの首に抱きついて喉を鳴らしている少女は、肉球柄のパジャマを着ている。
「かまわにゃいにゃ! 師匠から早起きしろっていつも言われてるにゃ! それにもう完璧起きてるにゃ!」
「うっふふ。会いに来ただけでこんなに喜んでくれるなんて、あたしも嬉しいよ、ベリカ」
「ちょっと待つにゃ。着替えてくるにゃ。今日は一日スネコと遊ぶにゃ!」
 うー!か・わ・い・い!スネコはベリカのことを一目見て好きになった。この娘と数日でお別れするのは余りにも寂しい、と思っていたのだ。どのぐらい付き合ってくれるのかわからないけど、明日からずっと一緒にいられる。
 巡り合わせの妙、とでもいうのだろうか。この世界の神様と、もちろんそうなるように事を運んでくれたジルに感謝する。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
 作者註)ポージングだけ見れば、実に敬虔な修道女、という体である。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
 もしかしたら昨日の醜態は、大好きなベリカと、大事なジル、という組み合わせを、勝手に妄想して勝手に嫉妬してしまった、という事だろうか……?
(ああ、何ということ……! まだまだ修道が足りません……。)
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
 作者註)ノリノリだな。結局、百合もイケるってことだろ? ったく、マリア様が見てるぞ。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
「お待たせにゃ!」
 ベリカがいつもの服装を身に着け家の奥から出て来た。ニンジャらしく黒を基調とした衣装……というか、殆ど変わり種の水着である。布地の面積より肌の色の面積の方が多い。体の中心、首の下から臍にかけて、どこかの道路標識のために提供したのではないかと思うほど大きく、下向きの矢印の形に空いている。その寂しく裁ち切られた布きれを、細い紐が荒く交差して、最小限はだけないようにしているのだ。
 腰には辛うじてスカートと呼べなくもない布きれが縫い止められているが、後ろの方、お尻の上半分を申し訳程度に隠しているだけで、前は、その、つまり股間の部分は上半身の布地の延長である。この服はどうやって着たのだろうか……? 尻尾の穴も気になる。
脚には編み目の大きなストッキングを履き、ダガーホルダーを兼ねたガーターリングで膝上十センチの所に止めている。子供体型にセクシーな服、というミスマッチが余計に彼女の無垢なかわいらしさを際立たせていた。
 柔らかな皮のブーツサンダルを履き、最後に二本のショートソードを鞘に収めた、ポーチ付きのベルトを装着した。
「あにゃ? そーいえば、スネコのだんにゃは今日はどうしたのかにゃ?」
「だんにゃ? だんな、ダン……!? 旦那!? じ、ジルのこと!? あ、あ、う、えっ、と」
(いや〜ん、その設定は改めて言われるとやっぱり恥〜ずかし〜ん)
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
 作者註)みてみて!なんか眼輪筋がピグピグ動くよ!現在ベリカの好感度がMAXなのはスネコに対してのみである。ジルに対して
 は、名前を覚えた程度だ。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
「じ、ジルは夕べ遅くまで起きてて、今朝は眠たいって言うから置いてきたの。ベリカ、ちょっと二人だけでやってみたいクエストがあるんだけど、いいかな?」
「スネコと二人っきりにゃ!? どこでも行くにゃ! 何でもするにゃ!」
 スネコがこの街でやり残したことはただ一つ。
 『討伐クエスト:ボロゴブリンの巣』
 ベリカは、一コ下とは思えないほど子供っぽく見えて、ほんとにニンジャなのか疑わしいけど、あのジルが頻りに『凄い凄い』と感心してたから多分大丈夫だろう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 ……ん……す、ネコ・・・・・・? は! スネコ!? ・・・・・・あ。そ、か。むう。ボケとるな。
 いわゆる“ヴァーチャル時差ボケ”という奴だな。正式名称はなんだっけ。たしかアルファベット四文字で……。忘れた。ぼくも世間一般の人に比べれば、まあまあやってる方だが、こんなに長くログインし続けたのは初めてだ。完全にメーカーの補償対象だが、疾病認定はされていないので賠償を請求しても、通らないか、通っても額は少ないだろう。どうせなら今やってる奴でなって欲しかったな。……いや、あれは……やめた方がいいか……。あんな無理ゲー、ペナルティまで背負わされたら、拷問以外の何ものでもないよ。それにつけても、よくもまあ、ハードでヘヴィーでロックでパンクなゲーマーはこんな事やってられるよな。ホトンドビョーキデスヨ!
 頭を平手打ちして、脳に明晰な思考をするよう訴える。時間は……十時か。ちょっと寝過ぎたかな。明日は朝早く起きなければならない。必然的に今夜は早く床に着くべきだ。リーダーの失態で次の街に着けない、なんて恥を曝すわけにはいかないからな。
 スネコはどこだろう。タウンマップを呼び出す。……街の中にはいないようだ。あ、そうか、ベリカ。あのネコミミニンジャと行動するよう言っておいたんだ。ベリカのフレンドカードをタウンマップに読み込ませる。……ベリカもこの街の中にはいない。
 どうやら街の外に出て行ったらしい。ぼくは少し気になって急いででかける支度をした。
 自分がスネコを心配し過ぎているのはわかる。この辺りのモンスターが束になった所でLv.22のニンジャに適うわけがない。それに昨日の様子では、ベリカのスネコに対する好感度はMAXだ。よほどのことがない限り、スネコを護るように行動するはずだ。
 それでも心配なものは心配なんだからしょうがないじゃないか。
: : : : :
「あ〜楽しかったにゃ〜! これで、街の子供達をこの辺りで安心して遊ばせることができるにゃ。スネコ、クエスト受けてくれてありがとにゃ!」
「ベリカ、“クエストは成功を報告するまでがクエスト”だよ。それに、このクエストが達成できたのはベリカのお陰だよ。お礼を言うのはあたしの方だよ。ありがとね、ベリカ」
「にゃ〜、クエストはまだ達成できてにゃいのだ。“報告するまでがクエスト”にゃのだ!」
「ふふっ、そうでした」
 おしゃべりに夢中になっていた二人が、ボロゴブリンの巣の傍の、大きな木の陰に隠れた、宿屋の突っかけを履き、寝癖が付いたままの髪型のジルに気付くことはなかった。
 どうやら何事もなかったようだ。ホッと胸をなで下ろす。さて、このまま気付かれないよう、先回りして街に戻らなくては……。
: : : : :
 ベリカは、ぼくらの本籍が地球のニホンであることを気遣い、昼ご飯をごちそうする、と言ってくれた。どうするのかと思ったら、自分のうちから材料を持ってきて、宿の小さなキッチンでうどん定食を手際よく調理したのだ。な・あ・る・ほ・ど!そろそろ変わったものが食べたい、と思っていた所だ。ぼくはそうでもないが、特にスネコはニホン人の血が濃い。ニホン食が恋しくなっていた頃だろう。
 ……ふうむ。味もいわゆる“ニホン食もどき”ではなく、本格的な『ザ・和食』だ。
 この焼き魚は鯖に見えるが、近くに海があるのかな……?稲の植わった畑も目に付かないが……。しかし、こういう、至れり尽くせりな所は、ハマる人にはハマるだろうな……。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)マップに、山などとして表示され、“地形”としてプレイヤーが侵入できない場所がある。そのような所はみな、ギル
  ドの管理区域であり、世界設定にそぐわないプラント等が隠されている。第一級の緊急事態でもなければ飛行機等のようなも
  のが出て来ないのはそのためだ。
  ま、某・鼠の国と同じだよな。……おや?こんな時間に誰だろう?宅配便かな?はーいqあwせdrftgyふじこlp
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
「時にベリカ、ぼくらは明日の朝早くこの街を出て、次の街を目指さなくちゃならない。もしよかったら君に付いて来て欲しいんだけど、どうかな?」
「にゃ!? ほんとに連れて行ってくれるのかにゃ! 行くにゃ行くにゃ! どこまでも付いて行くにゃ! にゃ〜、明日からずぅ〜っと、ずぅ〜っとスネコと一緒にゃ!」
 ベリカは、体全体を使って喜びを表現した。
「よかった。ベリカがいればベネザリアに辿り着いたも同然だ。ありがとう、恩に着るよ」
 興奮を静めるため、スネコの豊満な胸に顔をうずめているベリカに、カードバインダのようにも見える“バトル・インターフェース・モジュール”を見せる。
「おほん。それで、だ。“これ”よろしくな」
 ベリカはそのままの姿勢で腰だけを捻って見せ、ぼくに腰のポーチを示した。
 ……どうも、ぼくに対する好感度はまだそれほど高くないようだ。
 ぼくは、スネコとベリカのいちゃいちゃを見せ付けられながら、自分でベリカのポーチを開け、一番奥のモジュールスロットにそれを挿し込んだ。
 まさか、言う事を聞いてくれない、てことは……ない……と、思うんだけど……な。
「さて、さっき言ったように、われわれは明日朝早く出発しなければならない。それで、今からそのための準備を粛々と進めていかなくてはならないわけだ。わかるな?」
「師匠にお別れの挨拶をするにゃ!」
「そうそう、よくできました。それが済んだら、これからの長旅に備えて、買い物なんかをしよう。そして、明日の朝ご飯と昼の弁当の用意をして今夜は早く寝よう。いいな?」
「「はーい!」にゃ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 ……やばい。しくじった。全然眠れない……。まずいな……。もう寝なければ。目を、瞑って……。……むう。困ったな、こりゃ。……羊が一匹、羊が二匹、山羊が一匹、都合羊が二匹と山羊が一匹、豚が一頭、ニワトリが、おんどりとめんどり一羽ずつで二羽、ひよこが、一、二、……五羽。あ、鴨がいた。えーっと、お母さん鴨の後ろに、七羽のヒナ、で、合計八羽家族。それから……。牛、か。これは……ホルスタインだな。この牛は沢山ミルクを出してくれそうだね、お嬢ちゃん。牛の足下には、金髪ソバカス青い瞳の、オーバーオールの小さな女の子。ブリキのバケツに慣れた手つきで牛の乳を絞り出している。お手伝いができるんだねぇ、よくできたお子さんだ。親の顔が見たいね。おや?こちらがそう?へぇ〜、立派なおひげじゃないですか。こんなに大きな牧場をご家族だけで?あらあらまあまあ……。いや、なにね、そばを通りかかったら羊が沢山見えたものですからね、一匹二匹と数えてたんですよ、ええ……。いや〜、びっくり。こぉんな大牧場がこんな所に、あったんですねぇ〜……。……いや、失礼。わたくしですね、田舎に万歳って番組、ご存じないですか?おお!?ご存じ!?いやあ、よかった!それなら話が早い。今回はこの辺りなんですよ、ええ。それでですね……。・・・・・・。・・・・・・はあ。まいったなぁ・・・・・・。
「……なぁ……スネコ……。……起きてる……?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
 あー……、なんか興奮して眠れない……。凄かったなぁ……、討伐クエストって……。
 ベリカちゃん、すっ……ごくかっこよかった。なんか戦ってる時、いつものベリカちゃんと全然違うんだもん……。たしか二刀流っていうんだよね……。ほんとに、あの娘はニンジャなんだ。……火遁の術って、あれどうやったんだろ……?“魔法”じゃないって
言うけど……そもそもあたし、“魔法”も見た事ないし……。……この世界、凄いな……
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  何事もなかったように作者註)“奇跡”は『信仰』の『祈り』によって発動するので、“魔法”や“秘術”の様に高度で専門的
  な学習や技術などを一切必要とされない。ただ、信じて祈れば、天から降ってくるのだ。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
こんな、おとぎ話を引っ繰り返したような世界があったんだ……。凄いな……凄いな……。
「……ねえ……ジル……。……起きてる……?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「「あ」」
「「ど、どうした?」の?」
「・・・・・・先に言えよ・・・・・・。」
「あ、うん……。……あのね……。なんか、……この世界って、凄いな、……って思って」
「? “この世界”?」
「え? ……そう……“この世界”……だよ……? 他にどの世界があるの?」
「スネコ、まさかお前、“この世界”が現実の“世界”だと思ってるのか……?」
「違うよ……! そんな事ないよ。……でも、“この世界”にあたしを連れて来たのは、他の誰でもないジルを含めた現実の“世界”の人達でしょ?」
「……む、……まあ、そうだな……」
「だから、この世界、凄いなぁ……って」
「……でもさ……じゃあさ、例えばさ、これがラノベみたいな薄っぺらい小説の中でさ、ぼくらはその小説の中の登場人物なんだよ。もし、そういうのだったらどうする?」
「・・・・・・そっち、行っていい・・・・・・?」
「? ……そっち……て? ……!? こっち!?」
「うん」
「え!? ちょ、ま……」
 暗闇の中で気配が動く。
「・・・・・・にゃ・・・・・・、ママ・・・・・・」
「しー……」
「な、んだ、よ……」
「ちゅ(はぁと)」
「!?」
「……こんなに温かいのに……、こんなに柔らかいのに……、……こんなに愛しいのに、・・・・・・これが嘘なわけないじゃない・・・・・・」
・ ・ ・ ・ ・
ending theme:palette                                       /  lylic:ゆよゆっぺ・meola
・ ・ ・ ・ ・
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +
  作者註)ここから先を書くとR指定にならざるをえなくなるので、一旦打ち切りにしたいと思います。ここまで目を通して下
  さりありがとうございました。
  ……あ、因みにこの小説に人間(オリジナル)は出て来ておりません。
  あと、タイトルの「w.o.r.l.d. 」は、[〈w〉and 〈o〉r 〈r〉od , 〈l〉ive & 〈d〉ie]の略……このゲーム惑星の名前です。
  w.o.r.l.d.は、初期のRPGタイプゲーム惑星の礎を築いた“星”で、他の同じような“星”は、『ワールド方式』と呼ばれて、
これの二番煎じ扱いされています。
 このような“星”を皆さんが初めて訪れる際に、最初に遭遇する敵『スライム』は、プレイヤーの身体能力を測定する装置
 を内蔵しておりますので、正々堂々、正面から、思いっ切り戦うことをお勧めします。そうしないとヒーラー系ぐらいにしか
なれませんよ。
 まあ、パラメータが上がれば、あとでジョブチェンジできますけどね。
+ ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― +


次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 517