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作品名:N.Y.M.P.H. 作者:赤鉈 塩

第1回   −172800


「はっ! はっ! はっはっ! はあぁぁぁ……! はぁっ!」

小さめの古びた剣道場に朝日が差し込む時刻。一人無心に剣を振るう、ユーゴの気合いの声が響き渡る。
毎日の日課は、一日でも欠かすと生活のリズムが乱れる。鍛錬という意味では、もうする必要はないのだが、しないと落ち着かないのだ。
ユーゴは気が済むまで汗を流すと、シャワーを浴び、朝食を摂るため道場を後にした。

「行ってくる」

朝食を済ませたユーゴは、両親にそう言うと、鞄を担いで玄関へ向かった。その背中にチドリが声をかける。

「今日はおじいちゃんの所に行かなくちゃいけないんだから、早く帰ってくるのよ」
「わあかってるよ」

そうだった。昨日からどうも気が重いと思った。今日はユーゴの誕生日。じーじはユーゴの誕生日を取り分け盛大に祝う習わしがある。普段から非常にユーゴを甘やかす傾向にあるが、ユーゴが歳を重ねる事に関しては特に思い入れがあるようだ。悪い人ではない事は分かるし、ユーゴの事を思ってすることであることも分かるので、やむなく付き合っているが、正直うんざりする。スーツを着て、愛想笑いを浮かべて、歯の浮くような祝辞を聞き流せばいいだけなのだが、そういう事が一番嫌いなのだ。染み付いてしまった庶民感覚は、年に数度の晩餐会では上書きする事は出来ない。
一気に重くなった足取りで学校へ続く道を歩く。

「ユーゴ!」
「……なんだ、ミルクか……」
「ぐは! 何じゃその言い草! 近所のクラスメートの女の子が元気に声を掛けたってのに!」
「そういう説明台詞的な事を自分で言う所がめんどくさいんだよ」
「っていうか、アイサツしろよー、むっつりスケベー」
「っていうか、おめーもしてねーだろーが」

ユーゴは、祖父が世界を代表する大金持ち、という外見では推し量れない特殊な事情以外は、普通の高校生に見えるだろう。
ユーゴ自身にも、そう見える。見えていたはずだ。
その時までは。


  + + + + +


粗方 “式典”が済むと、何とか理由を付けて、その場から退場する。
恐らくこういうパーティをするためだけに建てられたのであろう、大理石と思しき素材をふんだんに使った小さめのお城のような建物の、外に通じる階段の踊り場に、文字通り飛び出し、大きく深呼吸をする。とにかく緊張するし、気を遣う。一応一通り行儀作法は教え込まれているので、失礼に当たる事はしていないはずだが、いつもと違う自分を演じているようで、居た堪れないのだ。締め慣れないネクタイを緩め、もう一度夜風を肺腑いっぱいに吸い込む。
ようやく気分が落ち着いたユーゴの耳に、興味を惹き付ける物音が聞こえてきた。ふと見下ろすと、街灯の近くで一人、殺陣の練習のような事をしている人物が見えた。礼装をしている事から、このパーティに出席した少女が、退屈凌ぎ兼時間潰しをしているのだろう。
同病相憐れむ、というか、同じ境遇を共有したかった、というか、とにかくユーゴはその少女に近付いた。
いつもはする事ではない。特殊な状況、特殊な心情、そういったものがユーゴをそうさせた。
少女は西洋剣を、西洋風の型に倣って振り回していた。なかなかいい太刀筋だ。

「なかなか出来るみたいだな。俺も少し交ぜてくれよ。退屈してたんだ」

少女はユーゴを一瞥すると、きっ、と目の色を変え、無言で斬りかかってくる。
無手だが、この程度の相手に後れを取るユーゴではない。
いなし、躱し、退き、体を仰け反らせ、剣の横っ面を指で逸らせる。
柳のように、風のように手応えのないユーゴに、少女は顔を真っ赤にして遮二無二襲いかかる。しかし、冷静さを失えば失うほど、余計な所に力が入り、動作が大上段になり、定めの型が乱れるものだ。

暇つぶしにもならねえか……。
 
「まったく、なっちゃいねえな。そんなんじゃ駄目だ」

ひょい、と少女のサーベルの峰を掴んで動かなくする。

「くそ! 離せ!」

力量が違い過ぎるのを思い知らされた事が癪に障ったのか。少女は目に涙を浮かべて、ユーゴを睨んだ。

「ほう! 早速やっておるようじゃな」
「?! じーじ!」

主賓を捜し回っていたのであろう、メイドや黒服に囲まれた、好々爺を地で行く、身なりのぱりっとしたロマンスグレーの老人が近付いて来る。

「まったく、せっかちな奴じゃ。もう少し待っておれば、すぐに紹介してやったものを」
「何の事だよ?」
「我がアヤノコウジ財閥が、ロッテヨリヨエッテ皇国と繋がりがある事は知っておるな?」
「は? いや、知らねえ ……いいえ、存じません、おじいさま」
「彼女はそこの第一後継者、サーラ皇女じゃ。サーラ・マ・イクベ・ルナルド・フォン・ス・タンハンセン第一皇女、じゃったかな?」
「は? こいつが? ……このお方がですか」

さっきから悪態の限りを尽くして俺を罵倒しているこの娘がねえ……。

ユーゴはサーラからサーベルを奪い取る。

「だったら、こんな物騒な物は預かっといた方がいいな。お姫様」

サーラはますます敵意を露わに、歯噛みしてユーゴを見据えた。

「お前はこの娘と結婚するんじゃ」
「あ〜、なるほどね……て、マジかよ!?」

祖父にさらりと、人生を左右する重大な事実を発表され、赤面したくなるほどナチュラルにノリツッコミをしてしまった。もしかしたら、この事をみんなの前で発表するのが今日のメインイベントだったのか。
それは耐えられない。みんなの前でなく、この限られた人数(といっても、十数人は確実にいるが)の前でよかった。いや、よくない。う〜ん。頭がクラクラしてきた。


『政略結婚って事か?そういう勝手な事をするから、親父は家を飛び出して、好きな女と一緒になったんじゃねえのか?学習能力がねえぞ!じーじ!』『言うな。この事は以前から、お前の生まれる前から決まっておった事なのじゃ。お前の一存では変えられん』『ていうか、お前も……サーラ皇女も何か言えよ……仰って下さい!』『わ、わたくし……』『とにかく!オレは認めない!認めないぞ!こんな事!』『……』『……!』『……』……

悪夢だ。そうだ、これは夢だ。起きたらきっと元の世界に戻って、何事もなかったかのように普通の暮らしに……。

「……ユーゴ……? 起きたか……?」
「ぶほQAWぐぼふぇ! (只今m(_ _)m混乱中)んが!? 何してる!? サーラ!?」
「何って……」

腹の上に、寝惚けているような、あるいは、うっとりとしたような表情を浮かべたサーラの顔が。

「妻が夫と同衾するのは当たり前だぞ」
「まだ夫じゃねえ! 夕べ会ったばっかだぞ!?」

そう、夕べ会ったばかりの、しかも第一印象最悪の少女が、朝起きたらベッドの中にいる。どこぞのライトノベルだ!?
ユーゴは、じーじの家に泊まる時は裸で寝かしつけられる。物心ついて、それが一般的ではない事を知ると、必死で抵抗するようになったが、メイド達の手で無理矢理裸に剥かれるのだ。つまり……。
この、太股に当たっている、柔らかく、人肌に温かい、二つの水風船は……。……!!!?

「な!? ん!? で!? サーラも裸なんだ!? 頭おかしいのか!? 夕べと態度が違う! なんで!?」

起き抜けの異常事態に、思考回路がゲシュタルト崩壊を起こしている。
サーラは、目の前で朝の変化を起こしている、ユーゴの体の一部を、さも愛おしげに扱きながら答える。

「わらわはユーゴに惚れたぞ。本当はわらわも結婚などしたくなかったのじゃ。無理矢理ここに連れてこられて……。でも、偶然ユーゴと対峙して、剣を交えて、分かったのじゃ。これは運命じゃと……。ユーゴ……わらわと……睦合ってたも……。ユーゴの子を……、は……孕みたい……のじゃ……。の……? もし、男の子が生まれたら、剣の稽古を付けてたも……。ユーゴの血を引いた、強い子を、産みたい……! ……ユーゴ……!」

「で……も!」

理性の……限界! ……の一歩手前で、サーラの体を撥ね除け、距離を取る。ユーゴとサーラは、ベッドの上で、正座で向かい合う形になった。
剣士とは思えない、ほっそりとした体。否、剣は膂力で扱う物ではないという証拠だ。その細い腰や、すらりと伸びた腕に比べると、アンバランスなほど大きな乳房が、朝の光の中で白く輝き、ユーゴの眼をちかちかさせる。見るつもりは誓って微塵もないのだが、これはどうしようもない。言わばオスとしての本能的な反射行動だ。
サーラは、恥ずかしそうに顔を赤らめ、しかし、ユーゴの欲望を引き出そうとするかのように、二の腕で乳房を強調するように押し潰し、内腿に両手を挟み込んだ。背中がすっかり隠れるほど豊かな、ウェーブのかかった金色の髪。翠の円らな瞳でユーゴをまじまじと見つめるサーラは、確かに可愛らしく、その……、襲いかかりたいのを辛うじて堪えるのがやっとだ。

「まだ……まだ駄目だ。分かるな……? こういう事をする前に、踏むべき段階ってもんがある。そうだろ……?」
「駄目なのじゃ……。何だか、お腹が……お腹の下の方が、こう……かあっ、と……熱くなっておって……。どうにもならぬ……。その……それを……その……どうにかすればよいのじゃろう? ようわからぬが……何となくわかる……。すごおく大きいような気がするが……多分大丈夫じゃ……。の……? 近う、もそっと近う……」

頭が、ぼうっ、となる。何も考えられない。ただ、ある部分だけに体中の血液が集中し、そいつの欲望を遂げるよう、脳に強制する。それは遺伝子の要求、魂の渇望、動物としての本能だ。誰にも逆らう事は出来ない。
ユーゴは、つと手を伸ばし、サーラの、形の良い、大振りの乳房を握り締める。それは掌の中で、ぷるん、と撓み、ずしり、と重さを、心臓の鼓動を、流れる血液の温度を、ユーゴに伝える。
見つめ合い、唇を重ねる。尻を鷲掴み、乳首を抓る。突如送り込まれた、感覚を昂ぶらせる刺激に思わず……!


『あ!』

ユーゴとサーラがベッドの上で睦み合う様子を映し出すモニターを見つめる、メイド姿の女性達。その後ろには、パーティの時のスーツ姿とは違う、渋みがかった羽織袴姿の老人。モニターの中で狂瀾の宴が始まろうとしているのを認めると、さも嬉しそうに微笑む。

「ようやっと始まったな。ふむ。まったく、手こずらせおってからに。しかし、これで一安心じゃな」
「はい、ご主人様」
「終わったら飯じゃ。腹を空かせて来るぞ。多めに用意しておいてやれ」
「かしこまりました。必ずそのように」
「さてさて、お次は……」


  + + + + +


鬱蒼と木々の生い茂ったジャングルを一人、黙々と歩くスーツ姿の女。周りの風景からすると、異様に場違いな服装ではあるが、手にしたサバイバルナイフで、行く手を阻む大きな羊歯植物を切り払いつつ進む彼女の表情は真面目そのものだ。
名をピコーと言うこの女、能力は申し分ないのだが、如何せん要領が悪い。真っ直ぐな忠誠心は他の追随を許さないのだが、些か方向音痴である。
無念無想の境地に達するほど、目的地を求めて彷徨い歩いた彼女の旅も、漸く終わりに近付いてきたようだ。
目指す方角の空が少しだけ覗ける場所で暫し小休止。
まるで体のラインを見せ付けるような黒いジャケットの、特に目立つ胸の谷間に手を突っ込み、手拭いを取り出し汗を拭く。首筋を飾る略式ネクタイチョーカーは、ここが胸の谷間ですよ、と指し示す矢印のようだ。駄目押しとばかりにジャケットの下にちらりと見える黒いブラのレースが、彼女の魅力を更に一段階引き立たせているが、この服装は彼女の趣味ではなく、皇国御庭番のユニフォームである。
ピコーは今一度、自分を奮い立たせるべく、胸の内を声に出して呟く。

「暫く、今暫くお待ち下され、姫様。必ずや私めが姫様をお迎えに上がります故……」

彼女の目線の先には、天に続く塔が一本。あの塔の根元に、彼女の果たすべき目的が、辿り着くべき場所が、ある。探し求める人物が、いる。はず……。


  + + + + +


ユーゴの誕生日の翌日。世界に冠たる超絶的大富豪の孫の誕生日といえど、公表していなければただの平日。
ミルクは、毎年祝う事の出来ないユーゴの誕生日と、理由はわからないが、次の日必ず登校しないユーゴの事を思って、少し憂鬱になる。別に、これといって特別な関係ではない。と思っている。口に出して言うほど大した気持ちではない。とも思う。ただの友達。好きなのは本当だ。いい奴だし。でも友達として。……友達だから。……うん、友達。……そうだ、友達だ。……。
なのに、ユーゴがいない一日を思うと、それだけで、胸にぽっかり穴が空いたようになるのは何故だろう?
いや、違う……。そういうんじゃないし……。 “そういう”のって何だ? マジでワケわかんない! もう!
朝の、低血圧気味の頭でぼんやり考え事をして歩いていたミルクの目に、一人の少女の姿が映る。

「え、と……。ナデシコちゃん? だっけ? 何してるの?」

彼女はつい先日転校してきた、お姫様みたいな、ふんわり、おっとり、お人形さんのように可愛らしい女の子だ。あからさまなVIP待遇とぴりぴりした周りの取り巻きの雰囲気、それに反比例するようなぽわんとした彼女自身の言動に、学園長の取って付けたような紹介を真に受ける生徒などいなかった。
普通の学校に行きたいという、どこぞのお姫様の我が儘を、そのどこぞの王様が渋々聞き入れ、いろいろな手回しをした、という体がある。あからさま過ぎて、逆にこちらの勘繰り過ぎなのでは? と思ってしまうほどだ。
その “お姫様”が、ミルクの組の教室の扉の前でそわそわもじもじしている。

「あ、ミルク様。今日はお一人ですか? いつもユーゴ様とおいでになられているのに……」
「ユーゴ? 今日来てない? へー、そーなんだー」
「そ、そうですか。ミルク様はご存じないのかもしれませんが、昨日はユーゴ様のお誕生日でいらしたんですよ。わたくし、うっかり失念していて……。お祝いして差し上げないなんて、大変な無礼を……。勿論、わたくしのような者がして差し上げるお祝いなど微々たる物でしょうが、事を荒立てようとすれば国際問題に発展しかねないとも限りませんでしょう? わたくし、どう償えばよいかわからなくて……。……。あ。わたくしったら、なんてことを……。あの、今わたくしが口にした事はどうかご内密に……」
「? ? ?」


  + + + + +


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