BGM:くるくるまーくのすごいやつ 本来、オーケストラかブラスバンドのような高尚な音楽しか流すことのなかった、大型高級サラウンドスピーカーから、耳を劈くような激しいビートのロックサウンドが流れている。服装こそ、高校生らしいものの(しかし風紀委員から目を付けられている)、アマチュアにしてもかなり巧い方の部類に入る演奏である。 シンゴは、音楽に対してはドライな意見を持っている。コンピューターに入力したプログラムを再生させた方が、簡単だし、正確だし、人間には事実上不可能な演奏まで出来る。人間はなんて便利な物を創造したのだろう。 あー、前項で偉そうに垂れている講釈と矛盾している、最後の部分の、不特定多数に向けられた非難を撤回せよ、と言いたい方々。このシンゴ、そこのところは当然織り込み済みである。 シンゴはこのように考える。言葉や音楽、勿論衣食住など、人間にとって根本的に必要不可欠な文明文化は、例えそれが、明日そっくり丸ごと土台から消えてしまっても、人間はそれを、その土台を築くところからやり直す事が出来るだろう、と。それらは、生まれるべくして生まれたものだからだ。ただ、失われた時間だけは戻らない。現代この段階に至るまでに費やされた時間とエネルギーが勿体ない、と思うだけで、今本当にそれら音楽などが失われてしまっても別に構わない、と思っている。寧ろ、それらが発明され、揺籃期を経て、高度に発達する様を見てみたい、とさえ思う。 えっ・・・と。話を戻す。ん・・・?どこに? シックな造りの、小さめのコンサートホールに容赦なく鳴り響く、高校生バンドの演奏。そのアンバランスさを楽しんでいた人数は少ない。楽しいのはシンゴだけだからだ。・・・。んー、どうも回りくどい言い方は苦手だ。 ミステリー風味を醸し出したいと思って試行錯誤してみたのだが、完全に失敗である。 観客が疎らなのは、これがオーディションだからである。教師数名、ホールの管理者、音響と照明のスタッフ、そして、シンゴを含めた学園祭実行委員の生徒数名。シンゴだけが楽しい思いをしているのは、この実行委員の権力を利用し、軽音部に圧力(楽譜さえあれば何でも出来る、と言うので、自分で楽譜をダウンロードし、これ出来る?と言うと軽く引き受けてくれた)を掛けたからだ。もしかしたら本当に、シンゴに力がある、と思われているのかも知れない。どうしよう。大分練習したんだろうな。少し頑張って上訴してみようか・・・。いいよな・・・、このくらい役得があっても。 読書しか趣味がない、と思われがちのシンゴだが、何を隠そう音楽も趣味の一つである(しかし、読書も音楽も自慢できるほど大した趣味ではない。勿論シンゴのように、寝食も忘れるほど没頭したり、或いは彼らのように上手に楽器が演奏できれば別である)。環境が許せば、音楽を聴きながら、読書をするのだ(読書をしながら音楽を聴くのではないところがシンゴ流だ)。読書の邪魔にならない、クラシック等の歌詞の無いもの、外国語のもの、その次に来るのが音声合成ソフトによる音楽だ。こういった、コンピューターによって音声合成された音楽には、シンゴにとって都合の良い特徴がある。ただの電子音に聞こえるか、意味を持った言葉に聞こえるかで、脳の集中度合いが測れるのだ。これはシンゴにとっては、非常に重要な、大袈裟でなく生死に関わる特性だ。 シンゴは比喩ではなく実際に、寝食を忘れるほど読書に没頭する。飲食、睡眠、排尿排便その他、生命の維持に関わる事さえしないで本を読む。当然体は生理的に悲鳴をあげるのだが、ちょっとやそっとではシンゴの集中力は途切れない。流石にこれは良くないと思い、この〔電子音による脳波異常観測法〕を採用する事になった。 この曲(今かかっている曲)にシンゴは何度も命を救われた。普通、音楽に命を救われた、というと、その曲から生きる勇気を貰った、という意味の婉曲表現であるが、シンゴは本当に、生命の危機から助けられたのだ。 シンゴは学園祭の実行委員などを喜々と受け入れるような人間ではない。出来れば、七面倒臭いものからは遠く離れて暮らしていたい。それでもこの役目を引き受けたのにはそれなりに経緯がある。
BGM:ずれていく 学園祭のシーズンが近付く何ヶ月も前から学園祭の準備は始まる。道成学園の学園祭(実行委員になって初めて知ったが、正式には『勧進祭』というらしい。学園創立初期の頃、新しく学園祭というイベントが提案された。何も書かれていない真っ白な横長の紙を広げて、学園祭の適当な名称を決める事になったが、その紙を見てある教師が『勧進帳を読めと仰せ候か』と呟いた事で、この名になったという)は、実に大掛かりなもので、管轄自治体、地元商店街、近隣の住民、生徒の遠い親類縁者に至るまで、近付くものを全て飲み込んで膨張するブラックホールのように(注:ブラックホールは膨張しない。)壮大な規模で執り行われるからだ。 そういう訳で、実行委員になる者には異常とも思える量の仕事を押し付けられるのだ。 ここから回想シーンだ。クラスで実行委員を選出する選考会議(要するに大HR)での一齣。
「もう決まんねーなら、休んでる奴にやらせりゃいいじゃん」 「それは良くないと思います」 「じゃてめーがやれよ」 「こんな大事な話し合いをするってのに休んでる奴がわりーんだ」 「待て待て、その理屈だと、お前も休んだ時に面倒な事を押し付けられても構わんのだな?」 「俺風邪ぐれーで休まねーもん」 「馬鹿だから風邪ひかねぇんだよな」 「へへへ、照れるな」 「敢えてツッコまない事にするが、それでもやはり、この場にいない者にやらせるべき大役ではないと思うぞ」 「それはこの場にいない者の中に、ユーカが含まれているからかな? シンゴ君」 「ひゅー、ひゅー」 「・・・。」 「やっぱ、シンゴとユーカでやってくれよ。お前らみたいな優等生の方が俺達の意見を上に通しやすいからな」 「それはないと思うけどな・・・」 「生徒会長のサユリ様だって、やってるんだぞ。あのお方は実行委員長だぞ。お前らはあのお方にばかり苦労を掛けて、何とも思わんのか? ボクはカナシイ!」 「じゃあお前がやれよ・・・って、泣くこたないだろう」 「こいつの涙に免じて、ここは折れてくれよ」 「しかしそれでも何でオレとユーカなんだ? まあ、お前らよりずっと頼りにはなるが・・・」 「よし、シンゴとユーカで決まりだ!」 「イェー!」 「ちょ、おま、目薬だとお? シュウ! 謀ったなぁ、シュウー!」
まあ、シンゴもこれでいて責任感はある方で、しかも、中々要領がいい。自分にとって面倒臭い行政上の仕組みは都合のいいように改変させたり、それが出来なければ誰かにやらせたりする。相手を丸め込むのは得意だ。理詰めでシンゴに適う者は、教師の中にもそうはいない。 傍目には適材適所と思われながら、その実、シンゴはユーカに負担を掛けないように、しかし自分も出来るだけ仕事をしないように、と立ち回っていただけなのだが、これが意外に好評で、前々から指摘されながらも有耶無耶になっていた慣習や背後構造が、シンゴによって問題点の病巣を暴かれ、次々と改善されてゆく。 BGM:4時44分 唯一簡単にシンゴを御する事が出来るのは、シンゴの事を好く理解した(つまり、ユーカという弱みを握っている)クラスメートぐらいである。
「なあ、俺らの出し物、シンゴとユーカの結婚式にしねえ?」 「わぁ、なにそれ素敵ー!」 「どう? どう? 俺に惚れた?」 「ばーか、アタシが言った事そのままデカい声で言っただけじゃん」 「賛成の奴手を挙げてー」 「お前ら、オレ達当事者の意見が入っていない事は根刮ぎ無視なのか?」 「おお、そうだな。ユーカの意見はちゃんと聞かないとな」 「ユーカはどんな結婚式がいい?」 「結婚式というのは決定事項なのか・・・?」 「あ・・・、嫌、だよね・・・? ごめんね・・・(いつもの瞳うるうる攻撃)」 「・・・ユーカまで敵なのか? そうか、これが四面楚歌って状況なんだな・・・」 「ねぇ、ウェディングドレスとか大変そうじゃない? どやって用意すんの?」 「作ればいいじゃん。お姉ちゃんの、手作りだったよ?」 「あー、ちょっといいか? クラス単位でウェディングドレスは、ちと予算がオーバーするかも知れん。しかし学年単位だと、結婚式というのは意味分からんし、しょぼ過ぎる。それでだ。こういうのはどうだ? 学年単位の企画をファッションショーにするってのは? その中でウェディングドレスも着ればいいだろう。まあ結婚式より余計な仕事が増えるかもしらんが・・・」 「それいい!」 「さっすがシンゴ! デキるねぇ」 「後はこの企画が通るかどうかだがな」 「通るよ、シンゴ君がプレゼンすれば。がんばろうね」 「あ、ああ・・・」
計画は、綿密であればあるほど目的を達成する事が難しくなる。クリアする手法まで狭めてしまうからだ。 大まかな道筋を示してやったなら、後は相応しい人材を配し、鷹揚に構える。上に立つ人間は、下で働く、自分の目に見える範囲の仕事に一心不乱に取り組む者の、環境と報酬を良いものにし、責任を取る事を約束する。 適宜、各部署を見回って、計画から大幅に脱線していないか、抱え切れない問題に直面していないか目を配り、問題があれば幾つか解決方法を提示してやる。 最初から、漠然とした計画なら、そして、漠然とでありながら、色や形がはっきりしたものであれば、細かい部分は幾らでも修正できるし、自分の趣味とは多少違っていたとしても、ある部分、或る程度、個々人の裁量に任せてもいいだろう。 そのような意味でなら、シンゴは理想的なリーダーと言える。有能だが、出しゃばらない。方法論は明快だが、個人の意見は最大限尊重する。間もなく、生徒の大半に(教師の一部にも)シンゴは認められ、支持された。 こうして道成学園の平和な学園祭は、静かに、嫋やかに、恙なく、滞りなく、着々と、進捗していくのだった。 シンゴにしては、身に降りかかる火の粉を、自分の持てる全ての能力を総動員して躱しているだけなのだが。
BGM:エリカ シンゴは人と接するのがあまり得意ではない。 こんな事今更言わなくても、多分大方の読者は予想の範囲内であろうが、一応念のため。 まあ、そういう訳で、責任の多い立場になっても、会議だとか指示を出したりとかを極力避け、雑用係も自ら率先してこなす。できるだけ一人になりたい。ぼーっと、ぐじぐじと、もねもねと、あれこれと、ひたすら考え事をしていたい。 権限が行使できるようになると、無理矢理用事を捻り出して、そういう時間を作れる。 段ボール箱に詰まった雑貨を、こちらからあちらに運ぶ。少しでも遠回りをしていこう。 と、
どすん!
と何かに遮られて、前進できなくなった。・・・。誰かにぶつかったのだ。完全にシンゴの前方不注意だ。ぼんやり運転。
「ご、ごめん! 大丈夫?」 「あ・・・!」 「あ・・・!」
いつかの雨の日の少女だった。
「来て・・・」
少女はシンゴの手を取って、壁にぶつかっていった。少女は壁をするりとすり抜け見えなくなった。手を引かれるままシンゴも壁にぶつかっていく。一瞬で仕掛けを把握したが、生物としての反射反応として目を瞑った。
BGM:インビジブル 目を開けるとそこは、普通の教室の半分くらいの部屋だった。普通の教室と違う所は窓がないことぐらいだ。後ろを振り向いたが、ドアもない。
「ここは・・・」 「ツグミ」
使い古された十回十回クイズに答えるようなトーンで彼女は言った。つぐみ、と。つぐみ、ツグミ、鶫、鶫、鶫、鶫、鶫、鶫、・・・。
「名前。ツグミ」
彼女は自分の名前がツグミである、という事をシンゴに伝えているようだ。
「レジストリ。バックヤード」 「ああ・・・」
世界を構成するデータの演算処理方式の効率を徹底的に洗い直し、稼働容量を極限まで圧縮し、無理矢理こじ開けた隙間に創造された仮想空間、という事だ。この辺りを通る時感じていた妙な違和感は、コイツの所為だったのか。しかしそんな事が許されるのは相当上位の、 “マスター”の称号が贈呈されるくらいの人達だけのはず・・・。それに、
「あの技術、実用段階になってたんだな。こんな事ができるのはもっと先のことだと思ってたよ」 「・・・。まだ実験段階」 「むう・・・。・・・そもそも、ガッコの中でレベル発動させたら駄目じゃないか」 「平和目的。許可もらった」 「ああ、そう。・・・。」
多分、校長に、とか生徒会に、ではなく、L.E.に、だろう。
「そう・・・。あ、そういえばテレポート。使ってたよね。キーボード入力してる風には見えなかったけど、あれって・・・」
テレポートは、数メートル瞬間移動する、エレメンタルの上級テクニックだ。上級なのだが、時空間座標を入力するのに膨大なデータを打ち込まねばならず、そんな事するぐらいなら走って移動した方がマシ、という間抜けなテクニックである。ただ一つ実用的にする方法がある・・・。それは、
「脳波。トレース」 「やっぱり・・・」
だとしたら、エレメンタルが最強だ。でも、
「まだ実験段階・・・」
・・・。・・・多分彼女は・・・。
「君・・・。ツグミさんは、L.E.の人・・・?」 「(ふるふる)パパが、軍の人・・・。あなた、 ・・・General・・・?」 「ああ、クラスね? うん、そう・・・」
本当はその二つ上の、Emperorだが、Generalという単語を知っているという事は、彼女が自分の身分を八割方暴露した、という事を表す。クラスはBishop、それがハズレならQueenだ。五分五分の確率で彼女は“まとも”な生まれ方をしていないだろう。その推理は、シンゴの方もとぼけるのが難しくなってくる、という結論を導き出させる。 ますます慎重に言葉を選ばなければ。
「・・・。」 「・・・。」
・・・。
「・・・秘密・・・。」 「えっ・・・?」 「あの日、私と会ったこと。この部屋のこと。秘密。お願い・・・」
印象の薄い彼女を表す記号の中で、特にシンボリックな眠そうな瞳に、何故か涙をいっぱいに浮かべて、彼女は・・・、ツグミは、シンゴに懇願した。 ・・・もしかすると、 “パパ”とやらには、あの日、シンゴと会ったこと、そしてこの部屋を造ったことを秘密にしているのか・・・? 何故・・・? まあ、深くは追求すまい。・・・ん、だったら・・・
「・・・いいよ。その代わり・・・」 「・・・?」 「時々、ここに来てもいいかな・・・」 「(こくこく)」
BGM:戯言スピーカー 「お、やっと出て来たな、引き籠もり」 「!」 「大丈夫。ハルコ」
ツグミに手を引かれて壁をすり抜け、元の場所に出て来たシンゴの耳に、低音の少女の声が飛び込んできた。関係者、という事か。ハルコ、という名前らしい。しかし、よくこんな端的な会話で意思が伝わるものだな。否、メッセージを伝えるのは言葉ではない、という証拠か。
「引き籠もりって、言わない。約束した」 「ふふっ、ごめんごめん。お姉が男連れ込むなんて珍しいからちょっとからかってやろうと思ってさ。よろしく、シンゴ君。ハルコ、という者だ。以後お見知りおきを」 「あ、ああ。よろしく」 「・・・じゃあ」
ツグミは一年の教室の方に去って行った。
さて、と・・・。
「さてと・・・、今日から君も共犯者だ。わかっているね・・・」
シンゴのネクタイを引っ掴んでハルコは極めて静かに言った。口元は笑っているが、目は据わっている。
「ああ、勿論だ。ツグミさんとも約束した。僕は口が硬い方だし、友達は裏切らない。安心して」 「友・・・達・・・? そ、そう。よかった・・・」
ハルコは少し驚いたような表情をして、掴んでいたネクタイを離した。
「でも、いいのかな・・・? お噂はかねがね聞いてるよ。相当やらかしてるみたいじゃないか・・・。そんな男とお姉が友達なんて。 ・・・でも、どう見てもそんな風には見えないけどな。まあ、噂は噂、か」
余計なお世話だ。
「・・・もう行っていいかな・・・?」 「ああ。じゃ、これで」
そういうと、ハルコは二年の教室のある方へ去って行った。 BGM:サンセットラブスーサイド 暮れなずむ校舎。今日も、シンゴとユーカは残業である。 ユーカは、シンゴといられるだけで嬉しいし、シンゴもまたそれは同じだった。こうなる前は授業が終わると、二人でユーカの家に直行し・・・、げふんげふん。ごく普通の高校生らしい日々を過ごせていることを嬉しく思う。 「遅くなっちゃったねえ」 「あ、そうだ。今からちょっと寄ってかない?」 「えー? 今日? 二人で?」 「うん。大丈夫だよ。僕がついてるから」 「ん、じゃ、いく」 少し、シンゴはテンションが上がっていたかも知れない。そういう気分だったのだ。 ……………。
「どう?」 「んー、まだなにも」 突然アラーム音が鳴り響く。 「来たね」 夕闇の向こうに、随分遠くからこちらに向かってゆらゆらと近付く人影。ひとり。ふたり。 「まだ少ないかな? もう少し待ってから・・・」 やがて、ぞろぞろと人だかりとなって、ゆっくりゆっくりと蠢く。そいつらは人ではない。人のような背格好はしているが、顔はまさに土気色をしており、肌はぐずぐずに崩れ落ち、決して気持ちの良い外見はしていない。 「では」 シンゴは、ブレザーの内ポケットに手を挿し入れ、一枚の黒いカードを人差し指と中指で摘んで取り出す。カードには何の刻印もなくただ一本、端の方に赤いラインが入っている。それを、右目の上に構え、空間を斬るように振り下ろす。カードから赤いエネルギーが噴き出し、火柱になった後、シンゴの身の丈ほどもある巨大な剣としてシンゴの手に収まった。 カテゴリー:ツヴァイハンダー。ランク:A、〈太陽の蛇剣〉サーペンタイン。自慢の愛剣である。 剣で服をすっと撫で上げると、炎のエフェクトが着ているものを舐めていき、下から黒ずくめの衣装が現れる。 黒いロングコート、黒いスラックス、黒いブーツ。コートには縁取るように一本の赤いラインが入っている。 シンプルなデザインだが、歴とした超法規部隊の制式重装だ。ギミックはないが防御力は見た目以上にある。シンゴには充分過ぎる装備だ。動きやすいし、デザインも気に入っている。 「えー! 凄い! どうなってるの?」 「ん。まあ、ちょっと僕のは特殊な仕様でね。それよりきみもアクセスしないと。レベル幾つ?」 「24」
BGM:えれくとりっくえんじぇう 携帯端末機をポケットから取り出す。ちょい、ちょい、ちょい、と操作して天に翳すと、光の輪が一個、二個、三個、と次々に落ちてきて、ふわふわと周りながらユーカの体全体を包んでいく。 光の輪が足下まで辿り着くと、羽根飾りの付いた可愛いデザインのブーツ、フリルふわふわのミニスカート、臍がちらりと見える、やはりフリルで彩られたノースリーブ(前からは見えなかったが、背中に蝶々の羽のようなものがある)、頭飾り、アームカバー、と順に現れる。両手を斜め上に差し伸べると、何もない空間に光の穴が開き、そこから魔法少女もののバトンのようなものが、ゆっくりと落ちてくる。それを掴んで、くるっと回って決めポーズ(変身時間は二秒半)。 「中々可愛いんじゃない? 人工の天使みたいだ」 「えへへ。あ、この羽、グライダーになってるんだよ」 「ゆっくり落ちる奴?」 「ん、あと、ジャンプも高く飛べるよ」 「便利?」 「うん、だってわたしのこれだから」 ユーカの得物はスリングという、変わった武器だ。デザインこそ、宝石やら星やらハートなどで女の子っぽくデコレーションされているものの、女の子が好んで持つような武器ではない。しかし、近くの敵は殴れるし、振り回して投げつけるアクションで、エネルギーボールがゾンビに向かって飛んでいく、遠近両用の万能武器だ。イージーターゲッティングで大凡の方向に投げつければ、当たるようになっていて、ギミックの機能と合わせれば、かなり安全に戦えるだろう。このように、見た目や雰囲気に捕らわれず、物事を戦略的に判断する能力は、戦場で長く生き抜く能力と直結する。 「シンゴ君の、なんか凄いね。レベルは?」 「えっ、と。50。あ、この前上がったんだ。51だ」 「うぇ〜! すっごぉーい! 50とか初めて聞いた。しかも50より上があるんだねえ」 「チート使った奴がサルヂエに書いてたけど、100より上もあるみたいだよ」 「あ、シンゴ君って、サルヂエとか信じるひと?」 「ああ、んー、ああいう人たちって結構こういう事では嘘付かないんじゃないかなあ」 「ふーん」 「あと、僕の知ってる人だし。審判の目の人たちにかなり厳しいペナルティ食らったらしいよ」
BGM:オーバーテクノロジー 「・・・ねえねえ、あのさあ、ちょっとだけ多くない?」 「ん? きつい?」 「わたしにはちょっと重いかなあって」 「無理しなくていいよ。僕が全部かたすから。壁を背にしようか」 「んー、それでもちょっと多過ぎるよ。一番近いゲート、どこだっけ? Gの137? 戻った方が速い?」 「いや、突っ切ろう。僕が全部相手するから、レーダー見て」 「うん・・・。Gの137だ、やっぱり」 「何メートル? 三百?」 「うん、そのぐらい」 「方向は? 大体北西だよね?」 「マーカー付ける?」 「いや、僕はいいよ。あっちでしょ?」 「うわあ、一杯だよお。回った方が良くない?」 「大丈夫。キラー、いないでしょ?」 「うん。・・・シンゴ君凄いね、さっきから。ケータイないのに分かるんだ」 「まあ・・・、大体だけどね」 やっぱり戦闘は一人の方が気楽だ。気紛れにレベルデートなんてするんじゃなかった。まあ、ユーカの可愛いコスが見れただけでよしとするか。 「必殺出すから周り警戒してて。それから、僕が合図したら上に飛んで」 「はい!」 「いくよ。せーの!」 低い体勢で剣を構え、大きく地面すれすれを薙ぎ払う。特殊装備[根斬りの文七]の専用アーツ「足首薙」だ。 シンゴは限定解除を貰っているのでカスタムフリーなのだ。 シンゴの周囲と前方広範囲のゾンビが塵となって消える。 大技のペナルティによってほんの少しの時間硬直しているシンゴの背中に、羽をひらひらはためかせながら、ふんわりとユーカが降りてきて負んぶの格好になる。 「走るよ」 剣の峰にユーカのお尻を乗せ、走る。負んぶされたユーカが、スリングを振り回し、前方に立ち塞がるゾンビを素早く的確に最小限の手数で塵にしていく。ソードユーザーのシンゴは、初めて味わうシュートタイプの疑似体験に、少し気分が高揚した。 「着いたよ。周り片付けるから先に入って」 「ごめんね。すぐ来てね」 シンゴに素早くキスをすると、ゲートの向こうに消えていった。 参ったな。暫く一人で遊ぶつもりだったのに・・・。一薙ぎ、二薙ぎして、シンゴもゲートを開いて中に入った。 BGM:君が好き 「怖かったあ」 「フルパーティで来ればよかったね。僕のフォローも甘かったし。いつも一人だから慣れてなくて・・・ご免ね」 「んーん、シンゴ君は凄かったんだけど、凄く心強かったんだけど・・・。あのね、なんだか思い出しちゃって。あの時のこと・・・。もう、七年前になるのかな」 「ああ、あの大量発生の。そうか、もう七年前になるのか。七年前は・・・、八歳? 九歳?」 「うん、そのぐらい。もう、すっごく怖かったよ・・・」 「・・・んー、あの時こんなだったかなあ」 「うん、なんだか似てるなあ、って思って」 「うーん、そうかなあ・・・」 「シンゴ君は? 何してた?」 「七年前? えーっ、と・・・。あー、まあ、いろいろ」 「ふぅん」 「・・・そろそろ帰ろっか」 「うん」
預言や予感というものは、当たらないに越した事はない。それが、良い予測であったとしても、悪い予測であったとしても、だ。予測には、人間の行動を一瞬鈍らせる効果しかない。数学の世界に、ラプラスの悪魔という考え方が出てくる。世界の粒子の一粒一粒の位置とベクトルを知る事が出来、且つ、それらの運動の全てを、運動し終わる前に導き出す事が出来れば、世界の未来を予言する事が出来る、というものだ。しかし、一体その事にどんな意味があるのだろうか。確かにそんな事が出来れば予測不可能な未来はなくなる。…それで? そんな未来が楽しいのだろうか…?未来は予測できない。何が起こるか分からない。それでよいではないか。 何が起こってもよいように備える。そして、予測を超えた事態が起きたなら、肝を据えて諦める。 覚悟を決めれば、何かしら、活路が見いだせるものだ。何も出来なくても、覚悟したのだから死を思うべし。 何より、死ぬ以上の悪い事は起きないのだから…。
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「ヨモツヒラサカ─あの者共についての一考察」・日本において、動き回る死人が出てくる古代文献はただ一つ、日本書紀、そして古事記、つまり、神代の伝説の中である。誰もが既知であろうが、敢えて簡単に要約してみる。 火の神を産んで、産道を焼かれ、帰らぬ人(神)となったイザナギの妻イザナミ。彼女を取り戻そうと、単身黄泉の国に乗り込むイザナギを待っていたのは、二目と見られぬ醜い姿に成り果てた妻と、その取り巻き達であった。『貴方は、私に恥をかかせた』と、謂われ無き非難を浴びせ、黄泉の国へ夫を曳き釣り込もうとするイザナミは、最早、嘗ての妻ではなかった。やっとの事でイザナミを振り切り、命からがら逃げおおせると、黄泉の国と葦原中国の境に、大きな石を据えて塞ぎ、行き来が出来ないようにした。 此処に、動き回る死人の起源を見る事が出来よう。嘆かわしい事に、今あの者共を指して一般的に用いられている名詞、ゾンビは、ヒンズー教の死体を操る蛇神ズンビーから来ている。海外に見られるものもそうだが、ゾンビとはそもそも、死体を操ってさも動き回れるかのように見せている、という解釈が正しいのであって、本来あの者共のように、まるでロボットのように自分で動き回る死体には(以下略) 寄稿:サルヂエ新聞
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