熱い砂浜にむさ苦しい男どもが集まって、一体何をしてんだか。 ビキニ姿の女性に声をかけては振られ、また声をかけの繰り返し。 知己がナンパを提案してから、すでに1時間が経過していた。
「ナニ他人のフリしてんだよ! お前もちょっとは努力しろって! 良い面してんだから、こういう時は矢面に立つべきだろ。」
自分ではあまり自覚はないが、知己にとってはオレもイケメンの部類に入るようだ。 実はナンパを始めてから、オレは誰にも声をかけていない。 …元々乗り気ではなかったのだから、当たり前だが。
「そうッスよミキ先輩! “ときめきコンビ”の実力、見せて下さい!」
後輩の下貝楽太(したがい らくた)が悪気のない笑顔でコンビ名を揶揄する。 人の意見に乗っかるやっかいなヤツだが、どこか憎めないヤツだ。 楽太は茶色の髪を後ろで束ねているが、それでも暑そうに手で髪の毛を持ち上げている。 こいつも知己に負けず劣らずの女好きで、特に年上の女には目がない。 他の誰もがナンパに失敗している中、楽太の周りにはいつのまにか女性が集まっていた。 背が低く中学生に見られるような童顔だからか、 マスコットキャラクターだとでも思われているのかもしれない。
「楽太に言われるとマジで腹立つな…。 美貴、ちょっと“めき”の力を見せてやれよ。」
“めき”の力というのは、力任せに相手を殴って土下座させるという荒技だ。 主に他校の生徒に絡まれたときなどに活躍する。 イケメンのみの知己で相手を油断させ、めきめきと力で相手をねじ伏せる… 喧嘩をするときの“ときめきコンビ”の実力といえばこれしかない。
「ちょ、ちょっと冗談ッスよね? 勘弁して下さいよ!」
慌てふためく楽太に、知己がにやりと笑って一言。
「へへ。だってときめきコンビの力、みたいんだろ?」
もちろん知己も本気で言っているワケではなく、 楽太の頭をぐしゃぐしゃにして“とき” の力を見せつけた。
そうこうしている間に、知己とオレ以外の仲間たちは 日焼け美人を数人引き連れて戻ってきた。
「あれ? 知己さんに美貴さん、まだ独り身ッスか。」
「ぐっ……。ま、まだ本気を出してねえんだよ! 行くぞ、美貴! マジでこの浜一番の美人をときめかせようぜ。」
恥ずかしい言葉を吐きながら、知己はオレのウデを取る。 知己は1人だと軽いヤツだと思われがちでナンパも失敗しやすいが、 オレが横にいればなぜか成功することが多いらしい。
「あの2人連れなんかどうだ? 右側の方は日に焼けた身体が俺好みだ!」
知己が指さす先には、麦わら帽子をかぶったワンピース姿の女がいた。 日に焼けた肌は活発そうで、いかにも知己の好みと一致している。 ワンピース姿の女は、栗色の長いストレートの髪をたなびかせ、隣にいる女に笑いかけていた。 その隣には…短いつややかな黒髪を持つ長身の女が立っている。 その女の姿を見たとたん、オレの心臓は壊れたみたいに早く脈打った。 整った顔立ちに長いまつげ。切れ長の目は楽しそうに細められている。 ずっと彼女の姿を見ていたいと心が叫んでいるのに、オレは思わず目をそらす。 こんな気持ちは生まれて初めてだった。
「おい、どうしたんだよ美貴? 顔が真っ青…じゃなくて、真っ赤だぞ!」
心配する知己の声が聞こえるが、反応できない。 彼女の姿は、それくらいオレにとって強烈だったのだ。
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