晴れ渡る青空。悠然と泳ぐ雲。小鳥がさえずる平日の午後。 平日だというのに公園に人はおらず、私はベンチに座ってその子の話を聞いていた。
「お友達と喧嘩して嘘ついちゃったのか」
私がそういうと隣に座った男の子がこっくりとうなずいた。 男の子は5歳くらいで、所々に擦り傷があった。 私も小さかった頃はやんちゃだった。体中が擦り傷になっても遊んでいたなと懐かしい気持ちになる。
「ねえ、僕、嘘ついちゃったんだけど、天国に行かれるかな?」
不安そうにそう言う男の子。
「大丈夫だ。神様はちゃんといるんだ。君が悪気があって嘘をついたわけじゃないって分かっているさ」
「ほんと?」
男の子が明るくなる。
「ああ、本当だ。だからもう行きなさい」
「うん!ありがとう!おじさん」
そう言って男の子は駈け出して行った。途中何度も振り返り私に手を振る。 私も出来るだけ笑顔で男の子に手を振った。 小さくなる後ろ姿を見送ると、私は側にいた秘書に話しかけた。
「おい。何だ?これは?」
「何とは?」
「何で私がこんなところで仕事をしなくてはならないのだ?」
「あなた様が部屋で仕事をするのは嫌だと言ったからです」
淡々と秘書が言った。
確かに言った。 仕事の量が膨大すぎて、処理が追いつかない。 朝早くから出勤して、帰りは午前様。最近は仕事が忙しすぎて、なかなか家に帰れない。
もうこんな仕事は嫌だと机にあった書類を投げ出した。 働き過ぎて頭がおかしくなりそうだった。
この仕事がこんなに大変だとは思わなかった。 ここに入社した当時は何も考えず、ただこの会社でがんばるぞ!という意欲だけだった。それがどういうわけか、私は上に進み、気がつけば今の地位にいた。
「はぁ。苦労をかけているな」
「いえ、あなた様のわがままには慣れております」
「お前じゃない。妻にだ」
いつも家で待っている妻を想うと不憫でならなかった。もう久しく妻の顔を見ていない。
妻に会いたい。
優しくいつもにこりと微笑む美しい妻。 帰ると必ず玄関まで迎えに来てくれて、「おかりなさい。お仕事お疲れ様」とねぎらってくれる。 「最近仕事が忙しくて家に帰れない」
「それは仕方のないことです」
「妻に会いたい」
「は?」
「久しく妻の顔を見ていない。だから妻に会いたい」
秘書がため息をついた。 「いや、あの、奥様は・・・」 「じゃあ、ちょっと。ちょっと声を聞くだけ」
私がそう言うと秘書が言いにくそうに口を開く。
「あの、申し上げにくいのですが・・・」
「なあ、頼む!仕事がおしているのは知っている。だけど俺だってたまには妻の声が聞きたいんだよ!一生のお願いだ!!この通り!な!ちょっとだけだから!」 両手を合わせて秘書に頼み込む。
「非常に言いにくいですが、奥様はすでに転生なさって今は下界で暮らしております」
「は?」
「だから奥様はもうここにはいないのです。あなた様が仕事をされている間に転生の時期が来て、転生してしまったのです」
「何だと!?」
「まあ、人間の寿命なんて100年も持ちません。ちなみに奥様が転生されてから20年ほどたっております」
あの美しく優しい妻がもうここにはいない。 私が仕事をしている間にいなくなってしまった。
「そんな妻が・・・私の美しい妻が・・・」
「大丈夫ですよ、あなた様が仕事をしていればいずれここにやってきます」
「いずれっていつだ?」 「あと50年くらいですかね」
「お前は50年も待てというのか?」
「大丈夫ですよ、閻魔大王さま。50年経ってもまだまだあなた様の仕事は終わりませんから。それにここにいれば必ず奥様はやってまいります。ご安心ください。さあ次が控えております。どうか仕事にお戻りを」
秘書は笑顔でそう言った。 晴れ渡る空。悠然と泳ぐ雲。ただ鳥の鳴き声だけが聞こえる公園で私は涙を流した。
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