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作品名:キミだけを見つめて 作者:青柳あずみ

第3回   3




―ピピピピピピピピ―




朝の光とアラームの音にゆっくりと目を覚ましたあゆは、ベッドに横になったまま、ぼーっと天井を見上げる。




ついさっき告白されたかのように、まだドキドキする鼓動を感じながら、あれは夢だったのか、それとも忘れている遠い過去の記憶なのか、一瞬区別がつかなくなる。

不思議な感覚に捕らわれたままのあゆは、実はまだ夢の中にいるんじゃないかと、慌てて部屋を見渡す。




白い壁に白いチェスト。つい先日買ったばかりのテレビ。父が趣味で集めた書籍が並ぶ本棚。それに有名な遊園地のキャラクターを象ったぬいぐるみが何体か飾られた部屋は、女の子らしいというより子供っぽい内装だ。
そのどこにも変化はなく、いつもと同じように見えた。

ホッと胸を撫でおろし、のそのそとベッドから出るとじんわり汗をかいている事に気が付いた。

汗が出ていることを感じると、急に喉が渇いてくる。




「着替える前に水でも飲んでこよう。」




まだフワフワする頭のまま、ゆっくりと階段を降りる。

トントンッと階段を下りる音だけが、やけに大きく聞こえた。

その音が、家には誰もいない事を実感させると共に今日も一人なんだ、と思う。




ゆっくりとした足取りのままキッチン入ると、コップに麦茶を注ぎ一気に飲み干す。

心臓が少しずつ穏やかにリズムを刻み始め、頭もスッキリしてくる。

それに伴い、今は現実世界にいるんだと実感する。




あれは過去の記憶ではなく夢だ、と分かっていても思い出すだけで胸が高鳴ってしまう。それだけインパクトのある夢だった。




優しくて心地良い声、肩幅の広い背中、スラリと伸びた手足。

彼の容姿は、自分でも驚くほど鮮明に覚えている。

もしかしたら実在する人物なんじゃないか、と思ったところで急に夢の最後のシーンが脳裏に浮かぶ。




「覚えておいて下さい」と、彼が名前を名乗る。

忘れないように、夢の中で何度も繰り返したはずなのに。




「『お』で始まる苗字に『た』がつく名前だったような。たかし…たける…たかゆき…たつや…」

必死に思い出そうとするが、ほんの少しのキーワードしか出てこない。

うーん…と呻りながら、ハッと我に返る。

あれは自分が寂しい気持ちを抱えているから、自分の願望が見せた夢のはず。




「あれは、ただの夢!名前なんか思い出したところで、実在しない人物なんだから思い出したって意味なんか全くない!」




夢の内容をかき消すように、声を上げる。

夢、夢、夢、夢、と早口言葉のように息切れするほど、つぶやき続ける。

必死に自分に暗示をかけようとする。

そうしているうちに、夢の内容に一喜一憂している自分に気がつき、急に恥ずかしくなってきた。




「…結局、夢の内容にばっちり翻弄されてるじゃん、あたし。」




この場に誰もいなくて良かったと安堵の溜息をつき、頭を振る。

頭を振りながらも考えているのは夢の内容。

そう簡単には頭から離れてくれない。




「こんな時は体を動かして忘れるに限る!!久々に体を動かしにいこう!!さ、準備準備!!!」




無理に忘れることをやめ、逆に楽しいことに集中して気を紛らわせる作戦に変える。

手に持ったままだったコップを流しに置き、あゆは早足で階段を駆け上がった。




*****************************


「久々に来たな〜。なんかワクワクする!」



熱気に包まれた市民体育館の中では、子供や大人がバドミントンを楽しんでいる。

高校時代にバドミントン部に全てを捧げていたあゆは、血が騒ぐのを全身で感じていた。

どこかに知り合いはいないだろうかと、キョロキョロする。




「あゆさん!」




体育館の一番奥でぶんぶんとこちらに手を振っている男の子がいる。

彼は持っていたラケットを床に置くと、物凄い速さで走ってきた。




「お久しぶりです!またお会いできて本当に嬉しいです!」

「あ、達貴くん!久しぶり〜」

「今日はバドミントンしていくんですよね!?」



達貴は少し長めの前髪を上にちょこんと結び、くりくりした瞳を輝かせて返事を待つ。

彼に犬のしっぽが付いていたなら、きっとすごい勢いで振られていることだろう。




「うん。今日はたっぷりバドするつもり!」

「やった!じゃあ、僕たちと一緒にやりませんか?向こうに友達もいるんで!」

「あたしも一緒で良いの?…若い子ばっかりなんじゃない?」

「あゆさんと僕は5歳しか変わらないじゃないですか!それに、あゆさんは年上に 見えないから大丈夫です!」

「…褒められてるんだよね?」

「もちろんです!!」




達貴とは昨年、高校のバド部のOG会で仲良くなった。

くりくりした瞳に小柄な体格、とても人懐っこい性格と家が近所な事もあり二人が仲良くなるのに時間はかからなかった。

容一とのゴタゴタがあって、ここ最近はなかなか顔が出せなかったが、この体育館でも休日によく一緒にバドを楽しむ仲だった。




意気揚々と並んで歩く彼が向かう先には、案の定若い男の子が4人いた。

次々に、こんにちは!と挨拶をしてくれる。




「こちらは仲藤あゆさん!俺の高校のバドミントン部のOGの方です!」

「よろしく〜」




達貴の紹介に笑顔で応じる。

男の子たちも、高校生らしい活力に満ち溢れた笑顔を返してくれる。




「じゃあ、あゆさんがアップしてる間にもう一試合やっちゃうか!あゆさん、アップが終わったら言って下さい!もう一度チーム分けして試合しましょう!」

「了解!念入りにアップするから、ゆっくり試合してて。」

「分かりました!さ、みんな行こう!」



コートに駆けていった達貴たちは、すぐに試合を始める。

しなやかで、無駄のない動き。

強烈なスマッシュが炸裂すると、そこらの女の子より可愛い顔だけどやっぱり達貴くんは男の子なんだな、と実感する。




軽やかに動く達貴たちを見ながら、あゆは床に座りストレッチを始める。

ふと、夢のことを思い出した。

背がスラリと高くて、「お」のつく苗字と「た」のつく名前。




「たの付く名前…」




半分夢の世界に取り込まれたような、ぼーっとした意識のまま呟く。

コート内を飛ぶように動く達貴の楽しそうな、生き生きとした表情から目が離せなくなる。

ストレッチをする事も忘れて、ただじーっと見詰める。




「そーいえば、達貴くんの苗字ってなんだっけ…」

「達貴の苗字は小川。あんた、あいつの友達?」




すぐ横から声がした。

驚いて横を向くと、いつからそうしていたのか、あゆの顔を至近距離で見ている男の子がいた。

息遣いを感じる程の近さに驚いて、思わず後ずさる。




「ねぇ、達貴のことじーっと見てたけど、好きなの?」




少し癖のある茶髪にピアス。今風の若者代表です、といった感じの見た目だ。

ぶんぶんと首を横に振りながら、なんで体育館に今風の若者が!?と思っていると興味津々な様子で若者はさらに質問を続ける。


「ふーん。で、何歳?」

「…22歳。」

「…俺より年上か。」




そう言うと、少し考えるように視線を逸らす。

そして、すぐに視線を戻した。

じーっと見詰めてくる。

顔だけでなく、全身を舐めるように視線を動かす。

非常に居心地が悪い。




耐え切れなくなってあゆが声を出しかけた時、急に腕を引かれて立たされる。

急な衝撃に驚いて思わず短く叫んでいた。

そんな事など構わず、彼は腕組みをすると呆然と立ち尽くすあゆを上から下まで見続ける。




「結構背が高いんだな。でも俺のほうがデカイから問題なし。もう少し、色気がほしい

けど…仕方ない。」




何やら一人でぶつぶつ言っている。

不信感を露に彼の様子を見ていると、視界の端に達貴が走ってくるのが見えた。

相変わらず足が速い。

あっという間に、目の前で両手を広げ今風の若者の視線からあゆを庇うように立つ。




「こらー!!あゆさんをいやらしい目で見るな!!」

「達貴、邪魔。そこをどけ。」

「やだ!!」

「どけ。」

「やだって言ってるだろ!!」

「………。」




顔に苛立ちを浮かべまくった今風の若者は、いとも簡単に達貴を横へ押しやる。

そして一言。




「弟なら、兄の邪魔をするな。」





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